後藤松陰、地引き網を歌う

觀打魚 一舟沈網擁浦淑 一舟 網を沈めて浦溆*1を擁し 百夫牽綱轉轆轤 百夫 綱を牽いて轆轤を転ず 綱盡網出牽悆急 綱尽き網出でて 牽悆*2急に 斜陽明射萬跳魚 斜陽明射す 万跳魚 大鱗收来方潑剌 大鱗収まり来て まさに潑剌 散鬻不論兩與銖 散鬻*3 論ぜず両と…

頼山陽、鮎漁を歌う

瀧生、我が社を要して、嵐峽、香魚を捕らふ 縄聯木片截溪灣 縄 木片を聯ねて渓湾をたち 一舟牽之勢彎環 一舟これを牽いて勢ひ彎環*1 舟行漸疾繩漸曲 舟行は漸く疾く 縄は漸く曲がり 驅得萬鱗聚岸間 万鱗を駆り得て岸間に聚む 衆漁擲網爭神速 衆漁*2 網を擲っ…

山田翠雨墓

ちょうど五条坂陶器市の最終日だったから2週間以上前になるが、ようやく地元の漢詩人、山田翠雨翁の墓へ参ることができた。墓所の長楽寺は京都円山公園の南側に沿う道のどん詰まり。日が傾いてなお熱気が淀む京都の街を、拝観時間を気にしながら東山に向か…

山田翠雨・山田淳子追記

江戸末の地元詩人、山田翠雨に関して、架蔵の大正10年刊『武庫郡誌』に若干の記事があるのに気づいたので、以下に録しておく。またその夫人、山田淳子についても昭和14年発行の大阪『東区史』に小伝が見つかったので、併せて書き写しておく。万一、両先人の…

春寒

雨のシャクナゲ。せっかく咲いた花も冷たい雨に打たれて悩ましげ 花冷えが続いた後、ようやく季節らしい陽気が戻ったと思ったら、またもや季節外れの雪さえ降ろうかという寒さ。この春らしくない春は、冬らしくない馬鹿陽気や大雨もあった冬に引き続いて、気…

棲鳳園詩集

先日オークションで落札しそこなった詩集。高値がついたわけではないのに踏ん張らなかったのは、立命館大学の書籍閲覧システムに全ページの画像データがあるのを、親切にも出品者が教えてくれていたから。和本には強烈なフェティッシュ性があるが、後々の保…

秋風

ずいぶん日が短くなった。大陸由来の高気圧のせいで湿度が低く空気が澄んで、昼間の日射しは真夏以上に烈々としているが(ソーラー温水器の湯はほとんど沸騰している)、6時過ぎ、早くも日が傾くとにわかに立つ夕べの風は、もう秋の寂しさを連れている。 夕…

蚊遣り

いつもなら季節の衰えを感じる今頃になって、今年は夏らしい日が続いている。日中を避けて夕方を待って何か作業しようとデッキに出ると、たちまち蚊が寄ってくるのであわてて蚊取り線香を使う。煙一本では頼りなく渦巻きの中心にも火をつけて、2本煙を立て…

盛夏

梅雨明け十日とはいうものの、夏はまだ全開にはなっていない様子。天気図を見ると太平洋高気圧がようやく張り出してはいても、気圧のピークは小さく分散して、その谷間に雲がたくさんわだかまっているようだ。いやになるぐらいかんかん照りが続く、スカッと…

河上肇

『漢詩を日本読みにするのは、簡単なことのやうで、実は読む人の当面の詩に対する理解の程度や、その人の日本文に対する神経の鋭鈍などによつて左右され、自然、同じ詩でも人によつて読み方が違ふ。』「閑人詩話」 iPhoneで青空文庫をあさっていたら、河上肇…

山田翠雨

これまでも何度か紹介してきた地元詩人の山田翠雨だが、そも何者かというと、実は分らない部分が多い。今、その足跡に触れる資料として自分が把握しているのは、下に引いた大正9年刊の『山田村郷土誌』の記事と、同じく『日本人名大辞典』の記述のみ。これ…

落花

やや標高があって季節が少しだけ遅いこの辺りも、気がつけば花の雲は姿を消している。思えばこの春の桜は、子供の迎えの行き帰りに車でくぐった、線路脇のささやかな花のトンネルだけだったなあ。まあ山へ行けば、まだ5月頃までは谷に煙る山桜に見惚れる機…

春の雪

まだ蕾の綻びも見ない高地人の感覚からすれば、花冷えと呼ぶには少しく早いように思うが、かといって寒の戻りと呼ぶにはすでに春も長けたこの二三日の寒さ。久しぶりに戸倉トンネルのライブカメラをのぞくと、驚いたことに雪景色が復活している。10センチも…

木山捷平

文庫版全詩集をさっそく拾い読み。 話柄の面白い詩が多いな。後に小説家に転じた理由がよく分かる。 どこにも強張りのない、風のような詩。筆力に恵まれた著述家は、得てしてこうした作風をとることが多いものだ。 一読、何ともいえない笑いがこみ上げた詩。…

初冬

冬らしからぬ日は淡い色合いの夕焼けで暮れた。遅い小春日和と呼ぶには日射しが足りないのに生ぬるい気温。この初冬はこんな日と早い寒波とが入れ代わりやってきて、日本海側のライブカメラも白くなったり黒くなったり忙しい。例年の如く、年末の大寒波を待…

採蕈詩

峰を攀じて松根を探り、雲を眺め谷音を聞く――山水画の世界に遊ぶような松茸狩りは、江戸漢詩人の格好の題材だったに違いない。そこにはもとより自然があり、採集の楽しみがあり、香味があり、酒肴があるのだから、うたうことは多い。ほとんどの詩人が一度は…

蒸し蕎麦・茹で蕎麦

昨日の茶山詩で疑問点一つ。 「一籃の銀縷 甑を出でて香ばし」 甑は蒸し器だよな。ここは蕎麦の茹で上がった様子と考えたけれど、それなら甑ではなく釜を出でてとなるはず。もしかしたら当時の蕎麦は蒸したのだろうかと調べてみたら、ウィキペディアにこんな…

秋詩二篇

○高屋途中 山雲 半ば駁して斜陽を漏らす 堠樹蕭條たり 十月の霜 野店 人を畱めて蕎麺を勸む 一籃の銀縷 甑を出でて香ばし 菅茶山の黄葉夕陽村舎詩後編巻之二から。神辺から広島の東に位置する高屋町に向かう途中の晩秋の山陽道の情景だろう。山をおおう雲は…

満月

今宵は満月、という天気予報のコメントに促されてデッキに出てみると、ずいぶん高いところで輝いている。中秋の名月に一月遅れの月は、ススキと月見団子を飾って部屋から眺めるにはもう高く登り過ぎている。これから冬に向かって月はますます中天に近づき、…

虫声

家の周りで虫の声が頻り。そういえば地獄谷温泉では途中の山道も部屋にいても、ずっと鈴虫の美音に取り巻かれていたものだ。あまりにおあつらえ向きにみごとなので、もしかしたら人が放したものかと宿の人に聞いてみたら、とんでもないということだった。考…

晩夏考

ようやく夏らしい日が戻ったと思ったら、今日はまたすっきりしない空模様。週間予報を見てもしばらくこんな空が続くようで、今年の夏はどうやら腰砕けのまま退場することになりそうだ(どこやらの2世総理みたいに?)。この時節らしい夏を送る気分も、今年…

湯餅

寺荘 大麥は苞を成し 小麥は深し 秧田 水満ちて 緑 針を浮かぶ 今年一飽 全く慮無し 寛ぎ盡す 歸舟去客の心 先日紹介したくたびれた版本の『三家妙絶』から范成大の絶句。ちょうど今頃だろうか。麦はよく実って、水田には針のように苗が植わっている。今年は…

四川の陸游

成都書事 劔南山水 盡く清暉 濯錦江邉 天下に稀なり 烟柳 樓閣を遮り斷ぜず 風花 時に馬頭を逐って飛ぶ 芼羹の筍は稽山の美に似て 斫鱠の魚は笠澤の肥の如し 客報ず 城西 園の賣る有りと 老夫 白首 歸るを忘れんと欲す『だが詩人は蜀(四川)の地方を愛して…

尾崎喜八風に

下山吟 ―但馬氷ノ山― 長い稜線を離れて最後の下りにかかる谷を埋めた雪にもう冬の危うさはなく踵に重心をあずけて崩れる雪を踏みしだいていくと閉じたスキー場のまだ白い広がりがたちまち目の下だ谷を抜けてなだらかな山すそに降りたてば慎重に追ってきた大…

尾崎喜八

秩父の早春森林や谷間にはまだぎっしりと雪がつまっているが、ほんのり緑をさした鋼いろの空の遠方では、早い春の試みのような、薄命の、おさない雲が浮かんではまた消える。 時の輪廻の重い輪の下におしだまって待つのは、自然ばかりか、人間も同じだ。凍結…

大窪詩佛

○江天暮雪 雲脚 流れるが如く 風 威有り 雪花撩亂 空に漫りに飛ぶ 洲邉漁艇 重なって纜を添ひ 江上人家 半ば扉を掩ふ 歳月堂堂 水と同じく逝き 老慵 事事 心と違う 暮天 何ぞ用いん驢に跨がりて出づるを ただ待つ 前邨 酒を買ひて歸るを 詩聖堂詩集三編から…

菊池五山

○春初絶句 淡日輕煙 春已に饒し 門を出でてまた溪橋を渡るに懶し 新年第一詩 なお未だし 恐らくは梅花に寂寥を笑はれん 強力な寒気におおわれた今年の正月。新暦の1月はまだ冬の6合目辺り? 散漫に和本を繰って捜し当てた江戸の初春の詩にしか、まだ春の色…

菅 茶山

○冬日雜詩十首 其の八 灣頭 宿鶩 人を警して鳴く 夜杖 橋を過ぎて 戞 聲有り 子月 郊村 寒未だ烈しからず 冥行十里 詩盟に赴く 黄葉夕陽村舎詩巻三から。冬日雜詩十首はこの季節の農村の景物を、詩人の日常を交えつつ描いた充実した七言絶句群。10の詩には、…

菅 茶山・落木

○冬日雜詩十首 其の三 夜山 幽寂たり 読書の堂 寒うして衾裯を襲ねて霜有るを覺ゆ 枕を欹てて耿然として落木を聽く 半櫳の斜月 暁蒼蒼 「黄葉夕陽村舎詩」三巻から。タイトルは冬日雑詩だが、布団を重ねて初霜を知るというんだから、このごろか、もう少し遅…

久しぶりにワタリガニを買った。蒸して甲羅を開けると、オレンジ色の内子が全然入ってない。格安のちっぽけな雌にしたのがいけなかったか。蟹はケチるべからず。けど、足の付け根の真っ白な身は美味しい。内海の蟹らしく微かな泥臭さを含む、はんなりと複雑…