満月


 今宵は満月、という天気予報のコメントに促されてデッキに出てみると、ずいぶん高いところで輝いている。中秋の名月に一月遅れの月は、ススキと月見団子を飾って部屋から眺めるにはもう高く登り過ぎている。これから冬に向かって月はますます中天に近づき、澄んだ空気に明るく輝いて、満ちれば灯火なしでも夜道を歩ける。というのは昔の話で、街路に照明が豊富な現代では、月明かりに頼れるほどに目を暗闇に慣らすのはもう難しいかもしれない。
 月を仰ぎつつ浮かんだのは蕪村の名句。
  月天心貧しき町を通りけり
 蕪村句集では秋の部に入った句で、初出は「名月や…」だったというから、秋の作に間違いはないのだろうが、この句を読むときはいつも、中秋よりもまた今頃よりも、もう少し遅い季節が想像される。「月天心」という言葉、そして深沈と眠る町のイメージには、はなやかな名月よりも高く冷たく澄んだ初冬の月がふさわしい。