2006-10-01から1ヶ月間の記事一覧

ずんだ餅

枝豆を大量にもらったので、塩茹でばかりでは芸がなかろうと、ずんだ餅というのを作ってみる。要するに枝豆の餡を餅にまぶしたもの。よく茹でた豆の皮をむいてあたり鉢であたる。そして、砂糖と少々の塩と水と一緒に火にかければ、薄緑も鮮やかな餡になる。…

グレン・グールド「ジークフリート牧歌」

表紙に“Glenn Gould plays his own transcriptions of Wagner”という長いタイトルのついた紙パッケージのCDに収められた一曲。中のライナーノーツには「ピアノによるワーグナー・コンサート」というタイトルがついている。アマゾンで探したら「プレイズ・…

牡蠣雑炊

にわかに牡蠣の雑炊が食したくなり、ネットを調べてレシピを決定。スーパーに走り、牡蠣と長ねぎと三つ葉を買い帰る。百均の一人土鍋に1カップ半の湯を煮立て、本だしを溶かしてからご飯とザク切りしたネギを投入。ご飯がふっくらしたら大さじ1の赤味噌を…

秋の薔薇

秋のバラは小振りだけれど、色が深く濃やかな美しさ。ほとんど無農薬放置栽培のうちでは、ほんとうに強いバラだけが今もポツポツと花を咲かせている。箱入り娘のような現代バラは、ここでは生き残れない。 The Mayflower

氷上のノクターン

スケートアメリカ。ショパンのノクターンに乗って滑った浅田真央のショートプログラムの気品に驚く。これまでもチャーミングなニュアンスを滑りに散りばめるのが上手なスケーターだったが、今や滑り全体に端正な魅力が備わって、アスレチックな興味よりも美…

玉堂切り抜き

「古人の書画、飲興を借りて作る者あり。紀玉堂また然り。けだし酔中に天趣ありて人為に異なるなり。紀、酣飮始めて適し、落墨娓々休まず。やや醒むれば則ちとどむ。一幅、或いは十余酔を経てはじめて成る。その合作に至っては、人をして神往き、これを掬し…

岡山後楽園

玉堂展の帰りに寄った後楽園で見つけた不思議な建物。床が二分され、真ん中を水が流れている。流れにはきれいな石が数個置かれている。一見、最近はやりの足湯っぽい。調べてみると「流店」というのだそう。藩主の庭廻りや賓客の接待などで休憩所として使わ…

浦上玉堂展

岡山県立美術館で開かれている浦上玉堂展を見てきた。「最高最大の回顧展」とうたわれているだけあって、玉堂の奔放な絵がこれでもかというほど並んでいて、特異な南画世界を堪能できる大展覧会だった。玉堂ファンはもちろん、近世絵画が好きな人は、少々遠…

泉 鏡花

「境は奈良井宿に逗留した。こゝに積つた雪が、朝から降出したためではない。別に此のあたりを見物するためでもなかつた。……昨夜は、あれから――鶫を鍋でと誂へたのは、しやも、かしはをするやうに、膳のわきで火鉢へ掛けて煮るだけの事、と言つたのを、料理番…

親指シフトキーボード

愛用している親指シフトキーボードのタッチが、最近渋くなってきた。肝心のエンターキーの調子がいま一つなのだ。この型番KB-211のキーボードは、最初に買ったDOS/Vパソコンからずっと使っている機種で、これが確か3台目。未使用品をオークションで手に入れ…

下谷叢話

「信夫恕軒の作った枕山の伝は最よくその為人を知らしむるものである。その一節に曰く『先生年已ニ七十。嗣子遊蕩ニシテ家道頓ニ衰フ。人アリ慫慂シテ曰ク高齢古ヨリ稀ナリ。ケダシ賀寿ノ筵ヲ設ケテ以テソノ窮ヲ救ヘト。先生曰ク、中興以後世ト疏濶ス。彼ノ…

大沼枕山

先日めでたく落札した江戸漢詩の影印本が届く。さっそくお目当ての「枕山詩鈔」をのぞいてみると、さすがに江戸漢詩の最後の代表選手だけあって、ボリュームのある詩がぎっしり詰まっている。特に若い頃の詩にはとんがった言葉がたくさんあって、簡単には手…

パイナップル・セージ

咲きこぼれるパイナップル・セージ。正式にはSalvia elegans 'Scarlet Pineapple' というらしい。その名の通り葉を揉むと、パイナップルのような甘いにおいがする。うちの宿根サルビアのなかでは、一番遅く10月になって咲き始め、初夏からずっと咲いてきて疲…

収穫

庭の老木の今年の実り。でも、糖尿のお婆さん以外、喜んで食べる人がいないというのがなあ。

荒島岳はブナの山

土曜はK氏と荒島岳。越前大野の東に聳えるさほど大きくもない、でも姿のいい独立峰だが、百名山の称号を得たことによって微妙なことになっていると感じた。勝原スキー場から出発する登山コースは稜線までの間、整備が入りすぎてかなり遊歩道化しているし、…

堀田善衛・教育改革

「刺激と言えば、上級へと昇って行って課目に、議論と討論が加わって来たことが、彼にとってもっともよい刺激であったであろう。それは、毎日午前午後の全教科が終わったところで、その日の授業のしめくくりとして行われたものであった。その日のどの課目、…

マウリツィオ・ポリーニ『ショパン夜想曲集』

これもmp3化して楽しんでいるアルバム。ポリーニといえば、言うまでもなく現存する最高のピアニスト。一般には若い頃のメカニカルな演奏のイメージが強いけれど、最近の録音は、音の粒立ちはそのままに、円熟味を感じさせるものになっているというのが大方の…

ブリ大根

食材の取り合わせには、時として感嘆措く能わざるものがある。たとえば、鯨に水菜、鱧と梅肉、トリュフと卵(食べたことないけど)…、どれもよくこんなの考えついたなあというペアリングだが、やっぱり最右翼はブリ大根じゃないだろうか。 スーパーでブリの…

秋明菊

今が盛りのシュウメイギク。名前は菊だけどキンポウゲ科の植物でアネモネに近い。年々株が大きくなって、1m近い花穂に秋、チャーミングな花をつける。欧米でもJapanese anemoneと呼ばれて、庭のいい場所に使われているのも、むべなるかな。最近では向こう…

奥白根は大展望の山

まだ山旅の濃密な印象が渦巻いていて、頼まれ事にもなかなか手がつかない。今日も山を肴にもう少し遊んでみることにする。 今日は奥白根山編。奥白根での一番の発見は、この山も含めて日光が、素晴らしい火山地形の王国だということだった。たとえば、山頂か…

尾瀬・日光の2日間

土・日に長駆、尾瀬の燧ヶ岳と日光の奥白根山に登ってきた。折しも山は紅葉で美しく、原はきつね色に輝き、最高の展望と興味尽きない火山地形と、加えて懐かしい岳人の記憶と、とにかくまだとても感想をまとめることなどできない、多彩に充実しきった2日間…

涸沢の紅葉は終了

南岳小屋や大天井ヒュッテのホームページを見ると、今年の槍穂周辺の紅葉は、先日の秋の嵐のせいで、盛りに入る直前に突然の終幕を迎えたよう。槍ヶ岳山荘のライブカメラには今も雪が残る寒そうな風景が映し出されている。こんな年もあるんですね。白出沢を…

鯛のアラ炊き

スーパーに鯛のアラが安く並んでいたら、つい籠に入れてしまうのは、日本人の鯛信仰のしからしむる所か。さっと湯をかけて、丁寧に血を洗い、ゴボウと一緒に甘辛く煮詰めたら、どんな高級煮魚にも優る煮物の出来上がり。染め付けの大鉢に盛って食卓にどんと…

竹外二十八字詩

○秋夜、宮原子淵が宅に宿し、書を読み、雨を聴く作 暁寒、たちまち動く、読書のとばり。 灯火は蛍火の微かなるよりも微かなり。 小雨、声あり、三五点。 あやまって疑う、落葉の軒を払って飛ぶかと。 夜も更けて本を読んでいると、夜気が前触れもなくとばり…

廃園

秋の庭は廃園の美。雨上がりの沈んだ彩りがまたいい。(要するに草抜きをさぼっているということなのですが)

渡辺一夫

「人間の歴史は、一見不寛容によって推進されているようにも思う。しかし、たとえ無力なものであり、敗れ去るにしても、犠牲をなるべく少なくしようとし、推進力の一つとしての不寛容の暴走の制動機となろうとする寛容は、過去の歴史のなかでも、決してない…

村治佳織『シンフォニア』

パソコンに取り込んで最近よく流しているアルバム。当世人気の美形ギタリストだが、技術がしっかりしているのだろう、安心して聞くことができる。特に7曲含まれているスカルラッティがいい。ギター用に編曲されたものだから、たぶん和音などはだいぶ薄いの…

雷鳴

荒れる日本海の対岸では、荒ぶる指導者の国が、今日階段を一歩踏み出した。それがどこへ向かう階段かを決めるのは、たぶんあの国自身ではなく、あの国が敵対視する国々なのだろう。だから希望はまだ失われていない。 危ういパワーゲームにのめり込む指導者は…

鳥取砂丘

山がお預けなので、海を見に出かけた。海もけっこう荒れていて、波が霧になって砂丘の上を渡っていた。その風に乗ってパラグライダーが次々に浮かび上がっては旋回を繰り返す。うまくすれば一日中でも浮いていられそうな海風だった。

山は冬

明日はアルプスと書いて、いつもの南岳小屋のホームページをチェックして我が眼を疑った。3000mの稜線は冬になっていた。穂高から白馬から遭難のニュースが届く。「秋の山は冬の装備で」よく聞く言葉だが、従っている人はまずいない。天気のいい秋山は短パ…