久しぶりにワタリガニを買った。蒸して甲羅を開けると、オレンジ色の内子が全然入ってない。格安のちっぽけな雌にしたのがいけなかったか。蟹はケチるべからず。けど、足の付け根の真っ白な身は美味しい。内海の蟹らしく微かな泥臭さを含む、はんなりと複雑な味は、北の海の蟹の上をいくかもしれない。
 蟹の詩をと考えて、まず思いつくのはやはり柏木如亭の「詩本草」の一文。「余が性、魚を好む。而して甚だしくは酒を飲まず。ただ無腸公子に遇へば則ち必ず酔ひを尽くす。」続いて伊勢の霞ヶ浦で遊んだ詩が来るが、それは春のことで、蟹が美味くなる秋にまた来たいと詠んでいる。
 かく蟹好きの如亭は自ら編んだ宋詩選集「宋詩清絶」にも、さすがに蟹の詩を落としていない。
 ○蟹を得て酒無し 劉 仙倫
 水郷の秋晩 白蟹を得
 望み碧雲を断す 酒家無し
 この意凄凉 何の似たる所ぞ
 淵明醒眼 黄花に対す
 蟹があるのに酒がないのは、陶淵明がしらふで菊に対してるみたいなもんだ、という機知に富んだ結句が効いてる。