蚊遣り

 いつもなら季節の衰えを感じる今頃になって、今年は夏らしい日が続いている。日中を避けて夕方を待って何か作業しようとデッキに出ると、たちまち蚊が寄ってくるのであわてて蚊取り線香を使う。煙一本では頼りなく渦巻きの中心にも火をつけて、2本煙を立てて夕方の蚊の襲来をブロックする。竹藪が近く、庭さえ今や藪状態のこの山家では、一夏に金鳥蚊取り線香30巻入り缶を使い切ってまだ足りない。草抜きなどをする時も、携帯用の蚊取り線香器を腰にぶら下げるが、これが結構効果があるからこの伝統的な防虫術への信頼は高い。蚊遣りいぶせき平成のしづが家である。

  夏日律絶 其の八
 日暮 驚蚊 竹關を出で
 半空 舂く處 囂然として厭す
 田家 總て熏煙に染められ
 憐れみ看る 瓠花の白 獨り鮮やかなるを

 山田翠雨の『丹生樵歌』から150年前のこの辺りの蚊遣りいぶせき夕景。もちろん当時は蚊取り線香はなく、蚊遣りは杉の青葉を焚く濛々たる煙だったから、夏の日暮れ時は山村全体がけぶる、遠目にはなかなかに風情のある眺めだったことだろう。住人の煙たさは蚊取り線香の比ではなかったろうが。