木山捷平

 文庫版全詩集をさっそく拾い読み。
 話柄の面白い詩が多いな。後に小説家に転じた理由がよく分かる。
 どこにも強張りのない、風のような詩。筆力に恵まれた著述家は、得てしてこうした作風をとることが多いものだ。
 一読、何ともいえない笑いがこみ上げた詩。

   失業者の夕暮
 今日も職は見つからなかつた。
 ペコペコになつた腹をかかへて
 護国寺裏の坂道を上つてかへる。
 坂から見下す町町には
 夕べのあかりが華やかにともつて
 そこここにたのしい夕餉がはじまつてゐるやうだ。
 しばらくたちどまつて
 そのなつかしい夕景をながめてゐたら
 犬が
 俺の前にすこすこと出て来て
 おいしさうにウンコを食べて見せた。

 これもいいな。短編小説になりそう。

   白いシャツ
 旅でよごれた私のシャツを
 朝早く
 あのひとは洗つてくれて
 あのひとの家の軒につるした。
 山から朝日がさして来て
 「何かうれしい。」
 あのひとは一言さう言つた。

 初期にはこんなリリカルな詩も。

   めざめ
 朝のめざめの
 湖のやうな心に
 昨日のつづきの
 今日のうれひはうまれる。