大沼枕山

 先日めでたく落札した江戸漢詩の影印本が届く。さっそくお目当ての「枕山詩鈔」をのぞいてみると、さすがに江戸漢詩の最後の代表選手だけあって、ボリュームのある詩がぎっしり詰まっている。特に若い頃の詩にはとんがった言葉がたくさんあって、簡単には手に負えそうにない。ただ巻が下るに従って詩境が平明になっていくように見えるのが救いか。それにお江戸の春を歌ったものが多いのには、やっぱりこうでなくちゃと嬉しくなる。たとえば
 ○墨堤に興を遣る

 春は少女の如く、まさに芳芬。
 江路、人を留めて夕曛を看す。
 水に臨む柳姿は翠雨を装い、
 空に騰がる花気は紅雲に化す。
 中年、感あって歌、偏激し、
 三月、風多くして酒醺ぜず。
 且つ喜ぶ錦城旧によって好し。
 万家の絲管、まさに紛々。
 春は乙女のようにほんとうに匂やか。
 川べりの道は、人を止めて夕暮れを眺めさせる。
 水辺の柳は緑の雨のような姿で、
 立ちのぼる花の香気は雲を紅に染める。
 中年は悩みが多くて詩を作っても偏りやすく
 三月は風がよく吹いて酒にもなかなか酔えない。
 一方で喜ばしいのはお江戸の春の昔に変わらぬ好さ。
 あちこちの家から三味太鼓の響きが湧き起こる。
 意訳はかなりいい加減。特に後半の流れがよくわからない。まあ、適当な解釈で手を打って、雰囲気だけを味わうのが素人の漢詩の楽しみ方。