私的登山靴史


 暑からず寒からず、気温も湿度も実にころあいの昼時。飯の後、思いついて長く手入れしてない登山靴を磨く。汚れをざっと落としてから防水ワックスを全体に染み込ませ、しばらく置いて乾いたら、念入りにブラシをかける。薄汚れて白茶けていたのが、少し革らしい表情を取り戻した。
 丸2年履いてるローバーの登山靴だが、履き古し感がそろそろいい具合かなと、ちょっと写真を撮ってみるが、写真になるとそれほどでもない。10年20年と履いた登山靴のなかには、色といい艶といい形の崩れ具合といい、何とも重厚な存在感を放つものがあって、そんなのがソールの張り替えなどで山道具屋のカウンターに置かれていたりすると、つい惚れ惚れと見入ってしまうものだが、もちろんそれは分厚い表革を使った重登山靴の話。もともと使い捨て仕様のヌバック革の軽登山靴には、そんな“大成”は望むべくもない。
 なら重登山靴を買って、じっくり年月をかけて足に馴染ませ磨きをかけて、と思わなくもなかったが、立ちはだかる重い・硬いという関門を前にしっぽを巻いて、軟らかくて軽いという抜け道を歩き続けてきたのがわが登山靴の来歴だ。
 ちょっと開陳してみると、最初に履いたのはミズノの「ベルク」という靴。登山靴なら外国製という世評も何も知らずに適当に買った、今から思えばフニャフニャのハイキングシューズだが、これでテントを担いで南ア南部にも登った。次にサロモンの「AD8」。靴紐をジッパーのついたフラップで覆い隠す、ちょっと変わった形の登山靴だったが、これは自分の足によくフィットした。一般に日本人の足は幅広甲高といわれるが、自分の場合は幅広ではあるものの甲は低くく、日本人仕様の靴では足の締まり具合がゆるくて、下りでは爪先がずれて前に当たり、爪を痛めてしまう。その点、AD8はフラップがあるためか、足の抑え具合が完璧に近かった。ゴアテックスの防水がなかったのが玉にきずだが、履きやすさには替えられない。3年履いて次も、と買いに行ったら、なんと廃番になっていた。まあ、特異な形が災いして売れ行きもよくなかったのだろうが、サロモンという会社はスキー用品が主体で、毎年モデルチェンジするスキー道具よろしく、同じ登山靴をじっくり売り続けるという発想はなかったようだ。
 サロモンをあきらめて次に選んだのが、ザンバランの「スピッツ」。当時定番の軽登山靴で、山岳雑誌がモデルさんを山に連れて行く時はこれを履かせていることが多かった。少し長めだったけれど、さすがに履きやすい靴で、紐をきつめに締めることで甲低にも対応できたし、何よりソールの柔らかさと軽さが心地よかった。まあ、その分ソールがへたるのも早くて寿命は短かったけれど。
 だからというわけではないが、次に選んだのがローバーの「レネゲード」。ドイツのメーカーらしく堅牢な靴作りで知られるブランドで、そのライトなハイキングシューズのレネゲードも革の素材感はしっかりしていた。以来ローバーはお気に入りのメーカーになった。時にはテントを担いで高山にも登るのに、敢えてミドルカットのハイキングシューズを選んだのは、靴でガチガチに足を固めなくても、足運びに細かく神経を配れば軟らかい靴でも問題なくテントを担げる。そういう自負があったから。数年前だが、若かったなあ。
 そして今はローバー「カラート」。少し靴が硬くなったのは、年をとったから? 油断すると爪が前に当たるという問題点はあるが、やはりローバーらしいいい靴。最近は山行回数も減ってるし、後2〜3年は足元を支えてもらいたいと思っている。