よも太郎山・日岸山・薙刀山


 好天予報の日曜は4月定番の石徹白遠征に。去年の越美は雪が少なく、笹がかなり出ているという情報で遠征はあきらめたのだったが、今年は十分な雪が想像できる。となると、上部ののびやかな火山地形はすばらしい遊び場だろうが、そこに達するまでの大滝の難所の具合も気になる。というわけで、まだしも不安の少ない歩きで周回してみることにした。
 前夜、白山中居神社下の河川敷の駐車場で車中泊。起きると駐車場は車でいっぱいになっている。7時、野伏ヶ岳へ向う人たちと反対向きに出発。歩いていく林道は除雪作業が始まったばかりで、パワーショベルがすぐに道を塞ぎ、その先は分厚い雪におおわれている。ほとんど道が出ていた一昨年と大違い。それだけなら歩きにくいだけだが、崖の迫った個所では雪崩れた雪で道が埋まり、片斜面を乗り越えていかなければならない。大滝の難所の小型版だ。先が思いやられる。
 2時間で大杉登山口。東屋にテントが一張り。今朝の足跡が大杉に向けて登っているが、大滝に向う廃林道方向には足跡も板跡もまったくない。もう4月だからこのコースを行った人が皆無とは思えないのだが、にわかに不安が高まる。
 大滝手前のヘアピンカーブの所で、対岸の小谷がなだらかな取り付きから上まで登れなくはなさそうな斜面で伸びているのが目に入る。いつもは土砂混じりのデブリで汚れている谷が今年はきれいだ。上は薙刀山から北東に伸びる長い尾根の東に広がる台地で、あそこまで上がれれば難所通過はパスできる。ほんとに行くのと自問自答しながら、流れに下りて徒渉点を探すが、石飛びでは後一歩が届かず靴を脱いで渡るしかなさそう。無理して渡って谷を登っても100%成算があるわけではないので、ここは自重して大滝に向うことにする。
 いよいよ難所となってアイゼンを着けピッケルを手に、400mほどに渡って続く恐怖の片斜面に挑む。寡雪だった一昨年は林道の端が出ていてアイゼンなしでも歩いて行けたのだが、今年は林道は跡形もなく、谷底へ掛け値なしに一直線のスロープになっている。足を滑らせれば雪解け水が逆巻く谷へドボン。スロープだけならピッケルで滑落停止はできるとしても、一番こわいのは斜面がすぐに切り立った数メートルの護岸や崖に消えている部分。ピッケルを使うヒマもないから、絶対に滑落はできない。
 しかもこれまで数回通過していてこんなことは始めてなのだが、今年は足跡がない。ここを往復する人がいると、特に雪が緩んだ帰りは壺状の足跡がついて、まだ雪が固い朝でもそれをたどることでかなり安定して歩けるのだが、今年はこの心強い足掛かりがない。頼るは斜面に蹴り込むアイゼンの爪のみ。幸い朝の固い雪にアイゼンはしっかり食い込むから、それを頼りに一歩一歩確実に進んでいくことにする。
 まずピッケルの石突きを深く打ち込んで、それをアンカーにしながら1歩を蹴り込む。爪の効きが悪ければ、何度も固定されるまで蹴り込む。さらに次の1歩。これで1mほど攻略すべき斜面が減った。そして次のピッケルの一突きで次の2歩を確保する。これを慌てず騒がず無心に繰り返す。斜度がさらに増した場面では右手が斜面に届くから、石突きではなくピックを打ち込んで確保する。アイゼンとピッケル、どっちか一つでも失くせば一歩も動けなくなってしまうだろう。自分と道具との関係がこんなに切実なものになることはめったにない。
 もちろんそんなことを考えているわけではなく、一歩一歩に全神経を集中しているのだが、心のどこかに滑った時の映像がひらめいたり、その際の覚悟を促すアラートが鳴り続けていたりするし、道具への一蓮托生の切ないような信頼感が心をよぎったりする。もちろん高度な登山をする人にとっては、この程度のトラバースは何でもないものなのだろうが、稜線漫歩を専らとする自分のような登山者にとってはある種の極限を体験できる得難い場面なのであった。
 母御石橋が見えてくると難所も終りのはずが、今年は橋のぎりぎりまで気が抜けない斜面が続いている。30分ほどかかってようやく橋にたどりついた時には、まだ峰に登る前からほとんど気力を使い果たしたような気分だった。いやいや、ここからが一年間憧れてまた今年も身を置くことができた桃源郷の始まり、精一杯楽しまないでどうすると、気力を立て直して笠羽谷出合の橋を渡る。橋と言っても、この橋は以前はあった願教寺谷左岸との接続をいつからか断ち切られて、渡った所で流れが立ちはだかる行き止まりの橋なのだが、雪の時期にはかろうじて右岸との間にスノーブリッジができている。
 ずいぶん痩せてもうまもなく落ちそうなブリッジを渡って右岸に上がる。そのまま流れ沿いに行くとまたこわい斜面があってトラバースはもう十分なので、息が上がるのも厭わず一段上の台地上へ這い上がる。上流に進むと台地はさらに広がり、流れを見下ろす開放的な幕営適地になる。もう3年テントを張ってないが、またゆっくり周辺の尾根や谷で遊びたいものだ。
 積雪はまだ十分なのに今年は流れがよく出ている願教寺谷の左俣を危ういスノーブリッジで渡って、願教寺山とよも太郎山の鞍部に向う中俣の広い谷に入る。谷は2年前の4月と同じく新雪で化粧直しして、まぶしい風景が広がる。左手には日岸山東尾根の木の少ない真っ白な斜面。右奥にはブナの尾根の上に願教寺山の頂部が光る。進むにつれて願教寺山とよも太郎山の白い鞍部が近づいてくるが、今日はよも太郎山を皮切りに連山を南へ縦走するつもりなので、鞍部まで行かずに左手のブナがまばらな尾根に取りついて稜線に向う。稜線近くで、神鳩ノ宮避難小屋に一泊しての大周回のグループだろう、願教寺方面からきた朝の足跡に出会う。登り切って少し西に歩けばよも太郎山頂上。
 山上は意外に冷たい風が強く、そろそろシャリバテ気味だが風の穏やかな場所がない。仕方なく日岸山との鞍部まで下り、風下の雑木の斜面に少し下って昼食とする。のんびりした稜線歩きを期待していたのだが、こう寒風が強くては余裕のない縦走にならざるを得ない。初めての山ではさらに不安な行程になりそうだが、何度か歩いたコースなのでその点は心強い。所々の絶景や見事な山の表情を楽しみに、そろそろ疲れのきた足をなだめつつ進む。
 日岸山の急な登りはアイゼン・ピッケルの助けを借りて乗り切る。茫洋とした山容のこの山の岐阜県側はどの斜面も山スキー天国のようだが、今日は県境稜線を地道にたどるのみ。さすがにこの山の下りから今日のシュプールが現われる。続いて登る薙刀山の北面もスキーに適したおおらかな斜面。それだけに登るのは骨が折れる。休み休み登って山頂を越えれば、薙刀平の広々とした台地が目の下に開ける。ここにテントを張って周囲の山で遊ぶのも面白かろうと、いつも思いながらまだ果たしていない。
 野伏ヶ岳との間には雪庇の尾根がたおやかに伸びる。その左斜面をシュプールを追って真っ直ぐトラバース。さすがにもう野伏まで極める余力はなく、そのままシュプールを追って推高谷に入り、和田山牧場跡まで一気に下った。すでに人影の消えた牧場跡には、土日の賑わいをとどめる無数の足跡と板跡が林道に向かって連なっている。スノーモービルの狼藉の跡まで残る。足跡に導かれて林道をショートカットしつつ下り、5時、最後の下山者として駐車場に舞い戻り、多難な周回山行を終えた。
よも太郎山・日岸山・薙刀山山行アルバム