登山靴崩壊

 他でもない登山靴が壊れていたのである。先日の登山での話。
 上天気に気分よく登山口に入り、さあ出発と靴を履いた時、異常に気づいた。靴底が不安定で足がぐらぐらする。どうしたんだろうと登山靴を見て驚いた。靴本体とソールの間のミッドソールに大きな亀裂が入り、抉れたようになっている部分もある。少し歩けば靴底が剥がれてしまいそうだ。
 1カ月ほど前に明神平で履いた時はまったく異常はなかったので、狐につままれたような気分。前の登山の後、乾かして保管している間に一気に劣化が進行したとしか考えられない。まさに登山靴の突然死。前日は暗くなってから道具を車に放り込んで走ってきたので、まったく気づかなかった。
 なるほどこれが噂に聞く経年劣化によるポリウレタン材の崩壊かと妙に感心しながら、この靴が10年以上になることを分かっていながら、その可能性に思いが至らなかった迂闊さにあきれる。善後策を思案。このまま帰るのがいやなら、代わりの靴を用意しなくちゃならない。そういえば福井には好日山荘があったなと思い出して車を取って返した。
 正午頃再び登山口に戻った時、伴っていたのはドイツのハンワグ社の靴。ヘビーデューティな靴作りを専らとする、よって相応に値段も張るこのメーカーは、本来自分などには縁遠い存在なのだが、たまたま型落ち品のアラスカが半額近くであり、少し大きいが履けなくもなかったので渡りに舟と次の冬靴に選んだ。もっとも、これは冬用ではなく夏用の頑丈なやつなので、これまで使っていたシリオと同じようなランクの靴といえなくもない。アイスクライミングや高所登山もできる冬用靴は、専らスノーシューで浮遊しているばかりの自分には猫に小判なのである。
 そういえば立原道造は追分の火事で焼け出された後、吊るしの安い背広が「奇蹟的に」手に入ったのを喜び、ミューズのご加護だと称したそうだが、急遽必要になったところに安くてあったこの靴も、詩人にならってそう呼びたい気がしなくもないな。もっともこの場合は、ミューズよりもガイアの加護とでも言った方がよさそうだが。