鈴鹿イブネ・タイジョウ

 雪が来る前の冬枯れの樹林を歩いておこうと、半年ぶりに鈴鹿へ出かけた。
 前夜、黒丸パーキングに車中泊して朝、旧永源寺町甲津畑の岩ヶ谷林道入口に入り、8時半歩き始める。千種街道には枯れ葉がたっぷり散り敷いている。今日はマイナールートを歩いてみようと、大シデの先から街道を左にそれ、崩れた橋の土台の横を渡って対岸に上がると、鉱山施設だろうか、石垣を積んだ平地が幾つかあり、炭焼き窯の跡も点々と残る。
 すぐに斜面に取りつき、一貫して急な尾根を息を切らして登る。傾斜がゆるんで広々とした斜面が広がるとアゲンギョは近い。アゲンギョというのは鈴鹿のバイブル、西尾寿一の『鈴鹿の山と谷』で紹介されている地元で使われていたという地名。同書では杉峠ノ頭と同義とされているようだが、最近は杉峠ノ頭の一つ東に位置するピークとその北東に広がる広い樹林の台地を漠然とさすものとして使われているようだ。地元の忘れられかけていた地名が、登山者の訪れが増えるとともに復活するというのも面白い現象だ。
 アゲンギョから佐目峠・イブネへは、以前は踏み跡も薄く、地図とコンパスを見ながら半信半疑で下ったものだが、今では指導標やテープがあり、踏み跡もしっかりしていて迷うことなく進むことができる。佐目峠まで下ると南に水晶岳御在所山・鎌ヶ岳と続く鈴鹿主稜線のパノラマが広がる。その風景を楽しみながら草原状の斜面を一登りすればイブネ。以前一帯を覆っていた背丈を越す笹は、今ではすっかり消えて草とわずかな灌木の広々とした山頂部が広がっている。
 イブネ北端まで進むと、左手には銚子の高まりとの間にきれいな盆地が見下ろせる。緩やかに起伏する小丘と沢の地形を、豊富なブナと所々に黒々と尖る針葉樹が飾っている。今日の第一の目的地がここ。斜面を下って沢を渡り小丘を越えて、心当てにさまよっていくと、あったあった、比較的深い沢にぐるっと囲まれた小さな台地に、小ぶりなブナの林が広がっている。イブネの懐に隠れたお気に入りの場所だ。イブネに来る度に訪れることにしているし、ツェルト泊したこともある。11時半を過ぎて時間もよし。一面に散り敷いた枯れ葉にゆっくり腰を下ろして、白い幹の連なりを眺め、台地の下からコロコロと聞こえてくる沢音を聞きながら安らかな昼食とした。
 復路はアゲンギョから稜線を顕著なピーク、タイジョウまで歩き、林道に下降することにする。タイジョウまでの稜線は小さなアップダウンが多くはかが行かない。途中1084m標高点のシャクナゲの多い小さな二重山稜は以前にツェルト泊した所。すっかり忘れていたが通り掛かって思い出した。タイジョウからは大きな南西の尾根を下る。すぐに3つほど小ピークが現われ、その最初のコルに池があるのが面白い。この尾根は中程でフォーク状に3つの小尾根に分かれている。巻かれているテープは一番左の尾根を指示しているので何の気なく従うと、どんどん尾根が細くなりほとんどナイフリッジになってしまう。
 以前に登りに使った尾根は真ん中と右のものだったことに気づいたが後の祭り。まあテープがあるから下れるんだろうと、切れ落ちた左右に肝を冷やしつつ木に縋りながら下降を続ける。気がつけば肩からぶら下げているカメラのレンズフードがなくなっている。狭いリッジに生えた木をくぐっている時にひっかけて飛ばしてしまったようだ。両側は転がりだしたら止まらない斜面なので諦めるしかない。最後に切れ落ちた粠に出て左斜面に逃げたら道はすぐ下だった。やれやれ。
 千種街道を歩いて4時、車帰着。近江温泉で汗を流して帰る。温泉湧出のニュース以来、長く心待ちにしていて今夏オープンした永源寺温泉は、予想外に料金が高いので敬遠。
■千種街道からイブネ・タイジョウGPSトレース
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▼枯れ葉が埋める千種街道
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▼アゲンギョの明るい樹林を佐目峠へ下る
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▼佐目峠から振り返る杉峠の頭
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▼笹が消えたイブネと鈴鹿主稜線
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▼イブネの桃源郷、熊ノ戸平
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▼お気に入りのブナ林で憩う
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▼落ち葉の上のランチ
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▼静まるタイジョウの池
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▼肝を冷やすリッジが続く
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▼自然林が覆う雨乞岳遠望
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