鈴鹿の笹

 先日訪れた鈴鹿イブネの笹の衰え具合は驚くべきものだった。イブネといえば、御池岳奥ノ平とともに背丈を越えて視界をさえぎる笹の海のせいで、かつてはベテランしか踏み込むのを許されない特別な秘境というべき場所だった。西尾寿一の『鈴鹿の山と谷』にはこんな記述が見られる。

 『イブネ、クラシ、銚子の三峰は同じ根をもつ兄弟峰で、全山広漠たる笹に覆われた千メートルを越す台地である。広大な笹の台地に三個の波頭を思わせる峰がデルタ状に三極を成しているが、イブネのみが頂らしいたたずまいをみせる。他は深い背を越す笹原で、この中に入ると方向すら定かでないくらいだ。』
 自分が初めてイブネに入ったのは11年前の秋で、そこはまさに西尾本通りの手強い山域だった。その時の記録にこう書いている。
 『やがてルートはネマガリダケの藪に突入。竹のなびき具合がこちら向きだと、まるで槍ぶすまに向かっているよう。スパッツの必要を痛感する。佐目峠もそれとわからずに通過。テープをたよりに漕ぎつづけて、台地状の場所で完全藪装備のおっさんと鉢合わせ。案内してくれた所がイブネの北端の切り開きだった。』
 ところが今はどうだ。笹が衰えたどころかほとんど消えてしまっているのだ。佐目峠からイブネ全体に笹の茎と根の朽ちたものが散らばった裸の地面がかなりの割合で広がっている。上の記録の翌年の'98年秋に撮った写真があったので、今回撮った近いアングルのものとくらべてみよう。




 説明は不要だろう。完膚なきまでの廃滅だ。これは笹がかつて殷賑を極めていた場所だけでなく、ささやかに生育していた場所にも共通した現象のようで、お気に入りのブナ林でもかつて林床を緑に染めていた丈低い笹が消えて、今回は落葉の林床が広がっていた。これも10年前と比較。


 いったい何が起こったのだろう。さすがにファンの多い鈴鹿のこと、この笹の異変も早くから心配されていたようで、こんなページこんなページこんなページが見つかった。これらを読むと笹枯れはイブネ周辺のみならず鈴鹿全体に顕著な現象のようだ。そういえば、春に横断した御池岳奥ノ平もずいぶん歩きやすい大人しい笹原に変わっていて驚いたものだ。原因として、前2者では数10年に一度という笹枯れ現象を疑っているようだが、3番目の熱心に鈴鹿の笹を観察したサイトではそれに加えて、鹿の食害と酸性雨の可能性にも触れている。
 周期的な笹枯れならそれは自然の摂理であり、人間は黙って見ているよりないのだろうが、鹿や環境の悪化によるものなら話は別だ。場合によっては山に破壊的な影響を及ぼしてしまうかもしれない。そういえば今回の登山でも至るところで鹿の鳴き声が響いていたような気がするし、樹皮を鹿に完全に剥ぎ取られた立ち木も何本か見た。植林地の割合が近畿の山では例外的に少なく、豊かな自然味が人を引きつけてやまない鈴鹿の山が、いつの間にか病み始めていたのかもしれない。