オーソコーツァイト

 白山に登っていると、かなり高い所まで、河原で見るような丸い小石が道に転がっているのに気づく。転がっているだけでなく、小石をたくさん閉じ込めた岩が露出していたりする。それは白とか青とか茶色とかの、集めれば庭の飾りにできそうななかなかきれいな石だ。それにしても火山なのにどうしたことだろうと調べてみると、これらの石はオーソコーツァイト(正珪岩)というもので、それを閉じ込めている地層は手取層群という堆積層らしい。この石は2000mを超える十二曲がりの辺りまで見られるから、白山は火山といっても、富士山のように骨の髄まで火山ではなく、高い土台に1000mに満たない噴出物が乗った上げ底火山らしいのだ。まあ、といっても、山頂部の火口湖群はそれだけで十分に大スケールの火山地形だとは思うが。
 さて問題なのが、このオーソコーツァイト。この石は先カンブリア期という気の遠くなるような古い時代に乾燥した大陸でできたことが分かっているらしい。その時代、地球にはまだごく原始的な生命しか存在せず、それも海のなかだけのことで、大陸は岩と大気と水しか存在しない不毛の土地だった。そこで花崗岩や片麻岩が長い長い時間をかけて風化し柔らかい雲母や長石は溶け流れて、硬い石英の砂だけが、細かく磨かれて残った。その石英の細粒が堆積して固まったものが、オーソコーツァイト礫の母岩。この母岩が再び砕けて、川を転がりながら削られ丸くなって、ちょうど恐竜時代のジュラ紀から白亜紀に、大陸の縁辺に砂や泥とともに堆積したのが、白山で見られるオーソコーツァイトの小石入りの手取層群というわけだ。
 いやはや、なんとも遙かな話ではないか。かつて真っ白な石英パウダーの砂漠だけが広がっていた原初の地球の風景が、白山登山道のきれいな小石のなかには閉じ込められていたのだ。今度1個ポケットに忍ばせて帰って、研磨にかけて数十億年の記憶を研ぎだしてみるかな。