川崎精雄

「三月十八日(晴、後雪)
 腰が冷えて、一、二度目をさました。午前三時に起きた。雪がやみ、凄いほどの月明で、雪に挿して立てたスキーの影が、天幕の屋根に映っていた。天幕の内側が白く凍りついていた。青色の天幕だから、寝ている者の顔が蒼白い。こちこちになった靴を、やっとこさ履いて外に出た。
 マイナス十七度。雪に立てたスキーは、抜けないくらい凍っていた。静寂の満ちた樹林帯は、月光を浴びて明暗を織りなしていた。風がなく、雪をつけた黒木は、動かないマンモスのようだ。星も光っていた。今日は大丈夫、平ヶ岳へ登れる。」『雪山・藪山』「三月の平ヶ岳
 夜になると物皆が凍りつく雪の山で、人が安らかに眠ることができるなんて、考えてみたら信じられないことだけれど、幾つかの必要不可欠な道具――テント・マット・寝袋・保温性の高い服装そして温かい食べ物を作る調理具など――をきちんと整えることで、それは可能になる。そしてその時、人は最低限の道具という薄いバリアに守られながらも、自然の厳しさ・美しさと直接向かい合う。
 この冬もまた、どこかの山の雪の上で、凍てついた霧氷の木々の下で、寝袋にくるまって、小さな蝋燭の火を見守りつつ、一晩を過ごしてみたいものだ。