南紀

 たぶん20年ぶりぐらいにひと巡りした紀伊半島だが、改めてこの土地の自然のダイナミックで濃密なことを実感した。外縁を回る国道42号は観光道路・生活道路でもあるから、産業の興廃は自ずと目にとまり、人事は転た常無しの感を深くするが、ひとたび目を転じれば右手には濃紺の海原と怒濤打ち寄せる磯が変わらず悠久の姿で展開する。
 特に白浜の先の枯木灘から弧を描いて南下北上して熊野灘あたりまでの海岸線の風景のスケールと多様さは、ちょっと他の土地には見出し難いものではないか。たとえば、潮岬灯台に登れば、もちろん目の前には本州の切っ先を成す岩礁を飲み込む海の輝きと轟きが鮮やかだが、灯台を半周すれば背後にはこれまた南端の土地らしい濃密な繁茂が見渡す限り広がり、青と緑、海と森、どちらからも過剰なまでのエネルギーを感じることができる。
 またたとえば、昔は那智黒拾いの人たちがいつも点々とうずくまっていたという、長い長い七里御浜の小砂利の広がりを漫ろ歩いて石拾いを楽しんだ後、その北端の鬼ヶ城に至れば、伸びやかな浜は突如、奇怪な岩の要害に暗転し、不思議な海蝕の造形を巡る断崖の遊歩道に肝を冷やすことになる。
 かくの如き南紀の自然は、鮮烈極まりない地球の造形の傑作の一つではなかろうか。こんな土地が我々の近くにあることは幸いなるかな。
潮岬の海
潮岬の森
七里御浜
鬼ヶ城