仙丈ヶ岳

 南アルプス仙丈ヶ岳にK氏と登ってきた。前日、北沢峠のバス停から歩いて10分の駒仙小屋(以前は長衛小屋といったけれど、峠の長衛荘との混同を避けたのだろう)にテントを張って軽い荷で往復という、前回の八ヶ岳以上のお手軽プラン。深更小雨があったが、朝には青空が広がり、一日中好晴が持続した絶好の登山日和になった。
 6時半出発。巻き道を経て峠からの尾根道に合流し、南ア特有の高い森林限界を越えて小仙丈ヶ岳まで達すると、既にして展望は極上。白根三山から鋸岳までの隣峰はもちろん、その向こうに八ヶ岳・奥秩父そして富士山。目を転じれば雄大伊那谷の向こうに中央アルプス、その右に次第に遠く御嶽・乗鞍・北アルプスの全連嶺、遥か白山も見える。早くもシャッターが止まらない。加えて、眼前にそびえる本峰への稜線とその東側を巨大にスプーンカットした小仙丈沢カールの眺めがまた雄大。カール斜面は這い松の緑に加えて、ナナカマドだろうか、紅葉の筆触が加わり一層見応えがする。
 さらに登りつめると、今度は右手に藪沢カールが展開し、それを見下ろしながらの道。山頂も指呼の間に望める。驚いたことに藪沢カールの斜面は、濃いワインレッドのウラシマツツジの紅葉に染められている。小仙丈ヶ岳で人に教えられたところでは、今年はめったにない草紅葉の当たり年だそうだ。確かにダケカンバやナナカマドの低木帯ならともかく、這い松と高山植物だけの高嶺がこんなに紅に染まるのは見たことがない。いい時に登ったものだ。いよいよ嬉しさ極まりなし。
 山頂は藪沢カール縁の小ピーク。既にたくさんの人が憩っている。もちろん遮るもののない展望。ザックを下ろすのも忘れて眺めて回る。小仙丈での展望に加えて、ここでは南側の眺めが開ける。特徴的な鉄兜の塩見岳を先頭に、荒川三山・赤石・聖、南ア中南部の3000m峰が打ち重なって揃い踏み。何とも贅沢な眺めだ。どっちを向いても素晴らしいので、どっちを向いて座ればいいか迷うほど。山頂にはいかにも古そうな石仏や石標が半分壊れながら置かれている。古くから登拝の山だったらしいことは「日本百名山」の教えるところ。深田が歎いた「立派な方向盤」は今は見当たらない。
 まだ10時だが、当然ここは腰を落ち着けて、甘いものや果物を口にしつつ、肉眼で双眼鏡でファインダーで、眺めを味わい記録する。目の下のカール底には仙丈小屋。以前は粗末な避難小屋で代わりにテント場があったはずだが、今は立派な建物になり、テント場は廃止されてしまった。こんないい所なら許されるうちにテントを張りにくればよかった。ヘリコプターがやってきて小屋のそばでホバリングして荷物を下ろしていくのを、上から面白く眺める。
 いつまでも視界を全開放して黙して座っていたい山頂だが、さすがにバスの時間があるので、1時間ほどで腰を上げて下山開始。帰りは藪沢カールに下り、谷を横切って尾根道の五合目に復帰するコースで。カール底から見上げる山頂への斜面も、這い松の緑にナナカマドの紅葉が点綴された好風景。一見乾いたカールだが、小屋のそばには冷たい水が豊富に湧いている。ますますテントを張れば素晴らしかっただろうという思いを強くする。少し下ってカールを振り返ると、まるで噴火口のような深い窪みになっている。あそこに夏も氷が詰まっていた氷河時代はどんな景色だったろうと、早くも下山時の夢想モードに突入。
 まもなく道はダケカンバの樹林帯に入り、立派な馬ノ背ヒュッテ、小さな藪沢小屋と、既に閉じている二つの小屋を経てのんびり下る。尾根道に合流すれば楽しかった登山も終盤。北岳がかいま見える最後のポイントからは、半身にガスをまといながら屹立するピラミッドがなおも鮮やかだった。
北沢峠から仙丈ヶ岳GPSログ
甲斐駒の頭がのぞく駒仙小屋テント場(拡大)
甲斐駒と鋸岳と遠く八ヶ岳
北岳の肩に富士が登場
小仙丈ヶ岳からは本峰が雄大に
小仙丈沢カール秋景

小仙丈ヶ岳からの南ア北部パノラマ
草紅葉に染まる藪沢カールと山頂
藪沢カールと仙丈小屋
三角点と古い石標と山を見る男
眼下の伊那谷の向こうには乗鞍と北ア
打ち重なる南ア南部の雄峰たち
藪沢カールから見上げる山頂
藪沢カール斜面の草紅葉の絨毯
仙丈小屋とカールと山頂
藪沢カール遠望