林達夫・ローズマリー

『私のように庭を歴史的な植物蒐集の場所としている人間にとっては、庭はいわば日附ある風景である。…中でもラヴェンターとマヨナラ草とはその由緒深さから言っても風情から言っても私の偏愛の植物で、私の庭でもこの両者には断然優先の場所が与えられている。…草、花、匂いがまだ実用と衛生とから少しも遊離していない健康な時代と地方というものが私にはたいへんになつかしい興味を呼ぶし、自分はといえばせめてそういう環境を人工的にわが身辺に作ろうがためにのみ草花を植えているのだ。』「拉芬陀」
『わたくしの植物蒐集は、昔と変わらず依然バタ臭く、――時節柄、相済まぬ次第だが――イギリスかぶれの甚だしいものである。イングリッシュ・ガーデンの伝統の中にある、ローズマリー、ラヴェンダーをはじめとするいわゆるherbs、山草、ヒース(エリカ)、クレマチス、ロードデンドロン、それにバラ……』「園芸案内」
 ローズマリーアルツハイマーを予防する効果があった、というニュースに接して、思い出したのが林達夫のこと。彼のあこがれた、ハーブが「実用と衛生とから少しも遊離していない」時代の知恵が、実は今もきわめて有効であることが証明されたわけだが、これを林が知ったら、何と書いただろうか。
 一代の知識人、林達夫は同時にイングリッシュ・ガーデンに惚れ込んだ園芸家でもあった。今の大衆的な英国庭園ブームが影も形もなかった半世紀以上前の戦前に書かれた「拉芬陀」でも、敗戦前後の中断を経て園芸を再開した昭和30年代の「園芸案内」でも、その趣味は一貫していたようだ。大工と喧嘩しつつ造作したというおそらく洋風の家と、“イギリスかぶれ”の植物蒐集。林達夫の家と庭がどんなものだったか、写真や証言で再現した本が出ないものかと長く願っているのだが、今となってはそれを知る人も少ないかもしれない。
Rosemary