譲位

 まだぎりぎり8月だというのに、今夜の秋めいた気配はどうだろう。山から下りた次の日から不安定な天候が続き、夏から秋への譲位は急速に進んでいるよう。かろうじて夏山に間に合って、充実した2日間を3千mの稜線で過ごせた、終わり良しの夏だったな。深田久弥の「日本百名山」の霧ヶ峰の項には、この時期の山の季節の移り変わりを描いた印象的な文章があった。

『暑中休暇も終り、登ってくる人も少なくなって、高原には、賑やかだった盛宴の後のような哀傷があった。あんなに旺んだったシシウドも醜く枯れて、そのあとへ薄紫の可憐な松虫草が一面に咲き乱れた。九月の初めずっと雨が続いて、ようやく晴れ上がった日、原へ出てみておどろいた。一帯の緑は狐色に変っていた。高原はもう薄の秋であった。』
 もう高嶺を軽装で漫歩できる季節は終わったが、これから紅葉が終わるまでは、まだ一般登山者が高山を楽しめる季節。あと一山・二山、心に残る山旅をしたいものだ。