夏山本番

 甲信地方も梅雨明けして、いよいよ夏山本番。[南岳小屋]のホームページの今日の日記には、素晴らしい夕焼けの写真が見られる。平地ではちょっと見ることができない、高山ならではの豪奢な黄金の夕焼けだ。見ているうちに、開高健の『輝ける闇』の一節が浮かんできた。山とは何の関係もない、ベトナムの戦場の夕景の、例によって大層な描写だが。

『農民も子供も水牛もいない。謙虚な、大きい、つぶやくような黄昏が沁みだしている。その空いっぱいに火と血である。紫、金、真紅、紺青、ありとあらゆる光彩が今日最後の力をふるって叫んでいた。巨大な青銅盤を一撃したあとのこだまのようなものがあたりにたゆたって、小屋そのものが音たてて燃えあがるかと思われる瞬間があった。』
 山上で出会う風景には、掛け値なしにこういう純粋と苛烈があって、平地の濁った風景ばかり見ていると、時にその硬質・高純度の風光に全身を晒して、透徹した輝きのなかで何かを洗い流したくなる。と、こっちまで大層な物言いをするまでもなく、夏山が呼んでいるのである。幸い先月通行止めになっていた南アのアプローチ、奈良田〜広河原線も、一部徒歩区間をはさんで、苦心の乗り換え運行をしているらしい。どうやらこの夏のメインプランにもゴーサインが出た。ただ、先日の白山での体たらくを考えると、もう少し準備段階が必要かもしれない。夏から秋へ、どんな起承転結で高山を楽しむか。まだストーリーは固まってないが、幕は上がった。