小田 実

 小田実、死す。4月下旬に末期癌であることを公表してから、結局自身が予想していたうちの最短の時間しか残されていなかったわけだ。まだ書きたい小説が幾つもあったようだが。
 行動者としての小田実についてはたくさん出ているので、小説家としての小田実について。一般に小説家としての小田については、確たる評価が定まっていないようだが、自分にとっては、戦後派第2世代のうち大江健三郎と並ぶ最重要の作家だ。少年時代に経験した戦争とその後の世界の混乱から、最も本質的な問題を汲み取り、それを小説として表現しようとした、戦後でも稀な作家だったと思う。
 同世代には同じく戦争を描いた開高健がいたが、開高が戦争をあくまで感覚的に受け止め、自身の苛烈な文章表現の素材として利用したのに対して、戦争と知的に対峙し、その本質への告発を、一般の人々の物語のなかに流し込みつつ、人々の視点から描き出そうとしたのが、小田実の小説家としての仕事だったと思う。
 つまり、現代の小説家として、最も誠実に戦争を描く努力を逃げなかった人。戦争だけでなく、戦後のさまざまな問題から阪神震災の悲惨にいたるまで、その姿勢は一貫している。
 幾つもの長い小説はとても読みきれていないので代表作を語る資格はないが、最も好きなのは「HIROSHIMA」。日米の抑圧と差別の上に根を下ろし、毒の花を炸裂させる原爆。将来、日本の戦後小説を代表する一作として評価される日がくると信じている。