合歓花


 裏山に生えたネムノキが机の横の窓にかぶさるほど伸びて、一昨年辺りから花をつけ始めている。ずいぶん以前にこの花に惚れ込んで、山から抜いてきた苗を鉢で育てていたことがあるのだが、簡単に花をつけそうになかったので、庭の花木に導入することはとっくにあきらめていた。そのとき苗を山に下ろした記憶はないので、たぶん鳥が種を運んだのだろう。今頃になって昔の夢がかなって、居ながらにしてその繊細優美な花を楽しむ不思議さ。園芸をやり始めて学んだことの一つは、ただちに成果を求めないこと、じっくり腰を落ち着けて成長を待つことの大切さだが、まさか待っていれば植えない木も自然に生えて花を咲かせるとはなあ。
 ネムノキといえば、芭蕉が象潟で詠んだ句、
  象潟や雨に西施が合歓の花
 が夙に有名だが、梅雨時に咲く嫋々たるこの花には、確かに水の風景がよく似合う。わが窓のネムもいいが、印象に残っているのは、例年、梅雨の晴れ間に登る白山の帰り、鯖江辺りの北陸道の土坡に点々とあるネムノキだ。それは、ちょうど潟のように水を湛えた水田の広がりを背景に、初夏の夕暮れの黒々とした葉叢のうえに淡い電飾のような花をいっぱいにつけて、ずっと何キロにも渡って、運転の目を誘ってやまないのだ。