横行谷二景

 前2回の氷ノ山登山は、旧大屋町の横行谷を遡って、氷ノ山の山懐に分け入ったのだが、この横行谷自体が渓谷美と雄大な谷通しの風景を誇る、なかなかに魅力あるアプローチなのだ。しかも地形・景物だけでなく、人の営みの風景も行き帰りの車を停めて、カメラを構えたくなる魅力を備えている。
 たとえば、これは横行谷最奥の田圃。横行集落から1キロほど奥の谷の右岸に、奇跡のように見事な耕地が広がっている。10枚ほどの緩やかな棚田だが、一枚一枚が広々していて、谷奥の段畑というせせこましさはない。それどころか、谷向こうの自然林と植林がパッチワークになった斜面を望む開けた風景は気持ちがよく、畦にすわってお弁当でも広げてみたくなる場所だ。しっかりした作業小屋が農道の脇に作られているのも、これらの土地が大切に耕作されている様子がうかがえて好ましい。ただ、多くの山間の耕地の御多分に洩れず、上手の数枚は耕作が放棄されているようなのが残念。こんな気持ちのいい場所なら、日曜ファーマーを買って出たい都会人も多いと思うのだが。
 また、谷唯一の集落、横行自体も印象に残る村だ。自分が知っているなかでは、兵庫県でも最も鄙びた、と言って悪ければ、かつての山村のたたずまいを最も残した集落だろう。特に民家の姿が目を引く。むき出しの土壁の民家が幾つもあって、窓だけはサッシに変えたりしながら今も住まわれている様子。もちろんなかには、モルタルや張り壁に作り変えている家もあるが、下流の県道沿いのより開けた立地の集落にも、クリームイエローの新しい土壁がきれいな民家があることを考えると、ゆかしい土壁の家屋は、風土と結びついたこの辺りの村里のアイデンティティであるに違いない。
 いい山には魅力ある入山地あり。来シーズンもまたこの谷を遡って、あの真っ白な山頂をめざしたい。いや、その前に5月のスズノコ狩りでもまた訪れることになるかも。