泉 鏡花

「洲崎の廓の遠灯は、大空に幽に消えたが、兩側の町家の屋根は、横縦を通る川筋の松の梢を、ほんのりと宿しつゝ、甍の霜に色冷たく、星が針のやうに晃然とする……
 月夜には浮かれ烏よ、此の凄じい星の光には、塒を射られてばた/\と溢れても落ちよう……鎖した門の堅いのが、引裂けた昆布かと見えて、寒さに蓬々しい、樹立の下なる八幡宮
 其の奧には、柳の折れた渡船がある筈、千鳥の路も絶え/゛\か、……橋に蹴躓いたやうに鳴く聲も、其のまゝ氷る辻占である。」
五大力」もこの季節にふさわしい、怪しくも美しい物語。舞台は富岡八幡門前。名調子の書き出しに続いて、主人公が茶飯屋のおやじと車屋の若い衆を前に、過日体験した奇しき事件を物語るところから小説は始まる。夜が深まりいよいよ冴えかえる寒さとともに、二人の聞き手をおぞけ立たせつつ進む、一打の能面と二人の女をめぐる凄烈な物語。三人がたまらず煽る燗酒の酔いまでも感じ取りつつ、一夜浸ってみたい、鏡花の語りとイメージの幻術が冴える名編である。
「『ちら/\、ちら/\と、其の花片へ、寒參詣の、あの鈴の音が打撞るやうだ。
 寒いなあ。』
 と肩を窘めて、
『たてつけよう/\。一杯赫と煽つた時は、其のちら/\が、ほつと成つて、薄紅梅に見えるけれども、凄い星が紫がかつて、颯と褪せて蒼く成つて、忽ち霜に覺めて了ふ。』
 ――懺悔々々――
 ――六根清淨――
『あゝ、滿々と最一つおくれ。……』」