氷ノ山のブナ林今昔

 先日の三ノ丸登山、少し通常のコースから外れて坂ノ谷の源流部を探ってみて、あらためて感じたのは氷ノ山周辺のブナ林の豊かさだった。約250万年前に噴出した火山の名残りだという氷ノ山は、今も中国山地の山にしては大山に次ぐスケールの大きな地形を残していて、その伸びやかな斜面にはブナ・ミズナラの落葉広葉樹林が広がっている。ただし、その範囲はその地形ほどは広くない。戸倉コースを登ってみても分かるのだが、いまや下部はすべて植林地である。その人工針葉樹林の黒々と息の詰まるような林相を見るにつけ、思うのはかつてそこに広がっていた原生林のこと。今より格段に豊かだった氷ノ山山麓のブナ林の面影は、これまで多田繁次などの地元の岳人の著作でうかがうしかなかったのだが、国土地理院がウェブで古い空中写真を公開するようになって、往時をしのぶよすがが増えた。
 「国土変遷アーカイブ」には、戦後まもなくから最近まで、各地で撮影された空撮画像が公開されていて、国土の変遷というか、列島の自然や景観が壊されていく過程を実感することができる。氷ノ山周辺を写したもので最も古いのは敗戦まもない1947年の写真で、時節がら米軍の撮影だという。そこから三ノ丸周辺を切り出したのがこれ。

 右上の白っぽい部分がチシマザサにおおわれた三ノ丸山頂に続く高原、先日の登山で言えば大雪原。その下に広がっているのが原生林で、細かい粒々はすべてブナやミズナラの森ということになる。つまり三ノ丸の南麓はすべて原生林だ。なんというめくるめく情景。

 一方、これは最新の2005年の写真。三ノ丸の大雪原の広がりは変わらないが、その南の原生林には山麓から黒々とした部分がまさにくさびのように食い入っている。これがすべて植林地で、西側の大段方面はほとんど稜線近くまで浸食されてしまっている。中央の県境尾根や右側の坂ノ下コースの上部にはまだ広い原生林が残されているが、60年前にくらべて森が薄くなっているように見えるのは気のせいだろうか。
 歴代の空中写真を見ていくと、1964年のものに黒いくさびがもう見られるから、高度成長とともに氷ノ山のブナ林の受難が始まったようだ。国土地理院とは別に国土交通省でも空中写真を公開していて、そこではこの山域のカラー画像を見ることができるのだが、そのなかに原生林がどんな風に伐採されたかをうかがうことができる1974年の写真があった。

 画像の下半分は原生林がきれいさっぱり切り払われて、植林のために起伏にそって段々に山肌が整地されているのが分かる。まさに皆伐。これは先日下った源流の少し下流の部分で、今はもちろんびっしり針葉樹の森になっていて、とても入り込むことができないが、ここが源流を取り巻く原生林の南端ということになるから、今度はこの植林地との境界を目印に源流に下ってみようかと思っている。チシマザサの深い藪が埋まった雪の季節は、かろうじて残された三ノ丸南麓の原生林を存分に体験できる貴重な機会なのだ。