氷ノ山余話

甘露
 先日の登山のアプローチに使った横行林道には、道沿いの崖から湧水の見られる個所が幾つかあって、帰途には立ち寄って喉を潤したり、顔を洗ったりできるのがうれしい。先日もそんな一つを口に含んでみたところ、ありゃ、まろやかで美味い水ではないか。これはこれはと、プラティパスに汲んで帰ることにして、1mと離れていない同じ崖から出ている水の方が水量が多いのでそちらを汲んだところ、なぜか味が違う、心なしか雑味がある。もう一度最初の水を汲み直して、持って帰って娘に飲ませて感想を聞いたら、甘いという。我が意を得たり。まさに横行谷の甘露水。林道のずっと下手にはブナの水と名づけられた湧水があって、水汲みの人が時々タンクをもって訪れているけれど、比べものにならない。次回はもっと大きな水筒に汲んで帰らなくちゃ。もしかしたら長生きの水? 

 
神大ヒュッテの怪?
 氷ノ山中腹のブナ林にある通称神大ヒュッテは、一般には非開放の小屋だが、山頂への中間点として休憩に適したポイント。先日も小屋の横で休んで飲み物を摂っていたところ、樹脂の波板の壁に人が一人くぐれるほどの穴があいているのに気づいた。少し離れたところからのぞいてみると穴はちょうど2階の床のレベルらしく床面が見え、視点を低くすると奥の方にぼんやり寝袋らしきものが見えている。ずいぶん高い位置にあって今では梯子でもないと届かないから、もっと雪の多かった厳冬期に緊急避難的に壁を壊して入った人があったのだろう。もちろん今は穴の下にも小屋のまわりにも、足跡などの人のいる痕跡はない。それにしてもどんな切羽詰まった状況があったのだろうと、気になりつつ空になったコップを雪で洗って、側の木にコンコンと打って水気を払ったら、とたんに小屋の2階の床と覚しいあたりでギシという音がした。耳をすましていると、その後も時々床がきしる。それまで気づかなかっただけで、気温の変化や屋根の雪の落下なんかで小屋がきしんでいるだけなのだろうが、まるでコップの音に反応して何かが小屋の中を移動しているようにも感じられてくる。まさかねとすぐに打ち消したが、もう穴の奥までのぞく気になれなかった。のぞいてそこに足が見えたりしたらと思うと‥‥。

 
栃餅
 下山後の風呂は先週に続いて、関宮温泉万灯の湯へ。広々した湯で、2回とも利用者が少なかったのもラッキー。風呂上がりに売店をのぞいたら、土産物というより郷土食の雰囲気のある栃餅があったので買って帰った。これまで栃餅といっても、餡をくるんだり、よけいな味付けをしたりして、なるほどこれが栃餅の味かというのに出会ったことがなかったのだが、これは単なる丸餅でそれがコーヒー色をしているのが、いかにも栃たっぷりという感じで目を引いた。帰って、チンをして柔らかくしたのに砂糖をかけて食べてみると、うむ、独特のダークな香味がいいではないか。これが栃の味なんだなと初めて納得したのだった。地元のおばちゃんグループが地元産のもち米と栃の実を使って作っているとかで、まさに伝統の味。最近、栃の実の食文化などに関するを読んで、栃の実の利用は縄文時代から続く、世界でも日本列島だけにある貴重な文化だと教えられたばかりだったので、はからずも氷ノ山山麓で本物の栃餅に出会えたのはうれしかった。