木下闇

 若葉の季節を過ぎて、緑が濃くなり、息苦しいほどに繁茂して、山や街路にも深い陰影を落とすようになると、浮かんでくるのは木下闇(こしたやみ)、あるいは木の下闇という言葉だ。夏至前後の激しい垂直の光線が木々を光らせる日には、いよいよその下蔭は闇と呼びたい幽暗さを帯びてくる。いみじくも芭蕉
 須磨寺や吹かぬ笛聞く木下闇
 と詠んだように、真昼にわだかまるこの闇には、幻想を喚起する力が宿っているようだ。目を細めて見つめるその下蔭に、ともすれば白い顔がひらめいたり、半ズボン姿の自分が走り出たりするのは、頭のなかの記憶がひそんでいる場所に、夏の光のなかのこの闇のありようが似ているからかもしれない。