石徹白

雪囲いされた石徹白の民家
 日曜の登山の出発点となった石徹白(いとしろ)は、長良川沿いの岐阜県白鳥町から桧峠を越えたところにある山村だ。もとは福井県に属していたのが、1958年に越県合併で白鳥町に編入されたということだが、地理的には隔絶された離れ里の印象が今もある。事実、冬の間は福井県朝日町との間の道は通行止めになるし、上記の桧峠は標高が980mもあって、悪天候の時の通行は簡単ではないだろう。そんな辺鄙な条件にある村は、しかし石徹白川沿いに開けた大きな河岸段丘の上にあって、必ずしも寒村という印象はない。村の北端にある白山中居神社は、古くから美濃禅定道(白山南縦走路)の拠点として栄えた神社で、石川県自然保護センター発行のパンフレット『白山の禅定道』には、

「石徹白は…白山中居神社を中心に白山信仰と共に生きた社家・社人の村でした。江戸時代までは全域が神社の神領で年貢は免除され、苗字帯刀も許されていました。人々は、夏は白山登拝者の宿泊の世話や道案内をし、冬は各地の信者をまわって布教活動をしていました。」
と書かれている。つまりこの村はかつて、信仰によって独自のあり方を許されていた特別な村だったのだ。
 もちろん今は白山信仰の先達の村としての役割は終わっているが、代わってスキー場ができ別荘地なども開かれて、レジャーの村としての歩みが始まっているようだ。登山者もかつては民家に宿泊して、周辺の雪の山々を巡り歩くということがあったようだが、車での登山口入りがふつうになった今では、そんなのどかなプランを組む人もいないだろう。昔ながらの奥美濃風の木造民家が残るうちに、戦前の登山者のような村泊まりの山歩きを楽しんでみるのも一興かもしれない。