大津散歩

 行楽日和の日曜は、そういえばまだ行ったことがなかったなと、近江の二古刹を訪ねることにする。
 京都に向う渋滞を京滋バイパスで避けて石山で下りると、幻住庵の案内が目に入り、思わずそちらへハンドルを切る。道しるべに従っていくと、住宅地の外れの駐車場に入り、少し歩いて幻住庵の古い石標のある神社の参道にかかる。音羽山から伸びる尾根の中腹に近津尾神社という小さな神社があり、山道を幾曲がりかしていかにも古そうな柱材を残した山門をくぐる。幻住庵は境内の一角にあった。
 小さな茅葺きの門の向こうに、意外に新しい建物が建っている。地元のボランティアらしいお守りの人に尋ねると、例のふるさと創生資金を使って建てられたのだそう。もちろん当時のものが残っていることは期待していなかったけれど、こんなに立派な建物なら礎石だけ残っていたほうが床しかったかも。縁側に立つと、登りで汗をかいた体によく通る風が気持ちいいが、木がうっそうとして眺望はあまりない。わずかに木の間から見えた遠景を問うと、近江富士の三上山が見えるという。幻住庵の記にも「三上山は士峰の俤に通ひて」とある。
 庵を辞して来た道を戻り、瀬田川沿いに北上して当初の目的地、石山寺へ。国道沿いの駐車場に入り、賑わう参道を進む。境内ははや躑躅も終り、新緑がまぶしい。本堂への石段を登っていくと、正面にミニチュア山水のような岩の重なりが現われ、その上に多宝塔が聳えている。この岩は珪灰石という珍しい鉱物のようだが、そんなことは知らなくても昔の人はみごとな岩の造形に感じて寺を造り、建物と自然とが融合した素晴らしい空間を作り出した。
 本堂には紫式部源氏物語の着想を得たという小部屋が設えられ、人形が置かれている。ほとんど伝説だろうが、平安時代には女御更衣が好んで石山詣でをしたようだ。息の詰まる宮中にいれば、たまには都を離れてこういう天然の景観に恵まれた寺に滞在したくもなったことだろう。
 石山寺は最近花の寺として整備を熱心に進めているようで、さらに登ると梅園や牡丹園、菖蒲園が設けられているが、菖蒲以外はもう花は終わっている。よく歩いて一汗かいて山を下りた。
 さらに瀬田川に沿って下り、湖岸公園にあるドイツレストランで遅い昼食をとった後は、大津市街を抜けて三井寺へ。その前に隣の歴史博物館をのぞいてみる。コンパクトに大津の歴史がまとめられていて、近江八景ジオラマが目を引く。瀬田・矢橋・膳所・唐崎・堅田…、かつての大津は、風光に恵まれた先人の足跡豊富な名所がめじろ押しで、文人墨客を引きつけて止まない土地だったことがよく分かる。博物館の2階にはガラス張りの展望スペースがあって、湖国のパノラマが一望に見渡せる。
 そのまま歩いて三井寺に詣でる。長等山の斜面に堂々たる堂宇が建ち並ぶ、京都の寺々に引けをとらない大寺だ。金堂は中央部が分厚い扉の向こうに閉ざされ、本尊を拝むことができないのが一種異様。写真も存在しないというから秘仏の最たるものだろう。こちらも歩きでのある境内を一周して、最後に南端の観音堂から湖の眺めを楽しんでから市街に下った。 

門の奥に平成幻住庵

近津尾神社境内の句碑(梅室筆・天保十四年)

天然記念物の珪灰石の谷と石山寺の多宝塔

新緑の石山寺本堂

三井寺も新緑

眺めのいい三井寺観音堂