金沢21世紀美術館


 正月旅行で訪れた標記の美術館の見学記。一般の美術館とはまったく印象を異にする面白い体験ができたので。
 第一の見どころは建物そのもの。直径100メートルほどの偏平円筒形のガラス外壁のシェルに、上の見取り図のように十幾つの大小の箱がささったような外観。その箱の一つ一つが展示室やホールやシアターやで、中央部の展示室群は特別展やコレクション展を行なう有料スペースになっているが、それ以外は無料スペースなので、入館者はガラス壁に沿ってぐるっと一周して、常設展示を見たり、ミュージアムショップをのぞいたり、図書室を利用したり、キッズスタジオや託児室で子どもを遊ばせたり、飲食したりできる。自由に漕いで回れる変な乗り物が置かれていたりもする。
 これだけでも十分に楽しめる施設だ。四方にある出入り口を自由に出入りして、どこにいても金沢の町が見える開放的なモダン空間で、現代アートの雰囲気を楽しむ。一般の美術館のようにアカデミックな敷居の高さを毛ほども感じさせない、いわばアーティスティックな公園あるいはモールといったところだろうか。
 そして中央部の有料スペースに入ると、より濃密に現代美術を体験することができる。ちょうど「オラファー・エリアソン展」というのをやっていて、入口をカーテンでおおった展示室の一つ一つがこの作家のインスタレーションの空間になっていた。人工の靄を満たしてさまざまな色の光が夢幻のように混じり合う空間があったり、人の動きによってさざ波がたち、水面で屈折した光が周囲に放射される大きな水盤が置かれた部屋があったり、複雑な光源によって壁に映し出される人の影がほとんどアートのように変化する仕掛けがあったり、環境ごと感覚を操作され幻惑される体験はなかなかに新鮮で面白いものだった。
 こんな大がかりなインスタレーションを見たのは初めてだったが、なるほどこの美術館の構成は空間・環境そのものを作品とする現代美術にうってつけだ。周辺のガラス空間を歩いて常設のインスタレーションも含めてさまざまなものを見ることで、感覚は自由になり自然に作品を楽しむ準備ができている。もし大げさなエントランスと重厚な石造建築の旧来の美術館でこんなインスタレーションを見せられたら、きっと抱く感想はもっと違ったものになったはず。もちろん作家がそれを肯んじるはずもないが。
 この美術館で唯一旧来の壁に作品を掛け並べる展示が行なわれていたのが、地下にある市民ギャラリーで、クラス毎にテーマを統一したらしい子どもたちの図工の作物がたくさん展示されていたのだが、これも普通ではなくて面白かった。一番気に入ったのが、絵馬ほどの板に絵の具で子どもたちが煮干しを描いたもので、たかが煮干しが実に千差万別な姿になっていて、描くということは個性そのものだと示しているような展示だった。他にもユニークなテーマ・手法で描かれた作物が多く、それらを主導した地域の美術教師に、21世紀美術館のギャラリーに展示されるということが、特別なモチベーションを喚起しているのではないかと感じた。
 さて、期待以上に楽しんだ金沢21世紀美術館だが、建物を離れて兼六園に向いつつ振り返った時、愕然としたことを付記しておきたい。真弓坂口の深い緑やお城の古い石垣を見た目であらためて眺めた円形ガラス建築は、そうした伝統空間から呆れるほど乖離しているのだ。建物やその周囲の植栽が環境になじむにはもちろんある程度時間が必要だろうが、果たしてこのギャップは時間が埋められるものだろうか。体験してきたばかりの感興が、この時少々浅いものに感じられてしまった。