新聞斜陽

『 ――新聞界斜陽の原因は、ネット時代到来のせいでしょうか。
 「まったくの後知恵ですが、草創期のヤフーやグーグルに米国の新聞社が記事を無料で与えたのが、経営的には致命的な失敗だったかもしれない。当時、ポスト紙の編集幹部として、私も新聞社のコンテンツを無料でネットに載せる決定に加わった一員。当時は、ネット広告が順調に伸びさえすれば新聞広告の減収分を補えると予測していた。やってみると、広告の単価は安く、広告の出稿量も絶望的な少なさで止まってしまった。誤算でした。」
 ――最初から全新聞社がネット記事の閲覧を有料化していたら?
 「もしかすると、読者が今ほどは減らず、広告も微減にとどまって旧来のビジネスモデルのままで延命できたかも知れない。だがほぼ同じ確率で、我々のコンテンツがネット上で簡単に盗み出され、それによって、長年親しんだビジネスモデルは破壊されていたかも知れない。…」』
 少し古くなったが、先週土曜の朝日新聞朝刊、アメリカの新聞界の苦境をめぐるインタビュー記事からの引用。答えているのはワシントン・ポストの副社長で、この秋にNPO化や公的支援を含んだジャーナリズムの再建策を提起して議論を呼んだ人だという。
 確かにネット初期、新聞記事が無料のコンテンツとして現われた時は「ほんまにエエの?」と思ったものだ。最初は無料で読者を引きつけておいて、定着した段階で有料に切り換えるのではとも疑ったのだが、結局新聞コンテンツの大部分はネットでは無料ということになってしまった。
 多くの記者が日夜走り回って人海戦術で作っている記事は、本来、当然対価を求めるべきものだろう。それを、アメリカの新聞幹部はなぜタダで提供する決断をしたのか。その辺りの内実が上の問答で少し見えてくる。彼らはネット広告の未来に過剰な期待をかけていたのだ。
 同記事には日米の新聞の部数や収入比率などのデータも掲げられている。わずかな数の全国紙が膨大な発行部数を維持する日本に対して、全土に1408もの日刊紙があって、多くても日本の地方紙程度の発行部数で運営されているアメリカ。収入の内訳も、日本は販売収入が7割、アメリカは広告収入が8割と対照的だ。
 つまり販売収入への依存度の低いアメリカの新聞社には、コンテンツを無料で提供することへの抵抗感が少なかったと見ることができそう。そして新しい収入源としてのネット広告への草創期特有のバラ色の期待感が抵抗感をあっさり上回って「致命的」な決断がなされた。
 一方ネットの視点から見れば、信頼性の高い新聞コンテンツを利用できるようになったことによって、ぽっと出のネット企業は多くのものを得た。たとえば日本でも、他社の剽窃だらけだったライブドアが、曲がりなりにもポータルサイトとして威張っていられたのは、新聞コンテンツを豊富に利用できたからだろう。
 ネットへの多大な貢献にも関わらず、凋落の坂に踏み出したアメリカの新聞。片や日本の新聞も国内のインターネットがアメリカの後追いで発展してきたため、コンテンツの無料提供を踏襲しているが、販売収入が卓越する収益構造のため、まだアメリカのように大きなダメージは受けていない。
 とはいえ、折からの不景気もあってアメリカと同様の広告収入の減少が始まっているし、頼みの綱の販売部数にも確実にネットの影響は及んでくるだろう。うちだって、asahi.comがあれば実際のところ朝日新聞は必要ない。それでも講読を続けているのは、旧来の朝晩の新聞読みの習慣と少しの世間体と広告チラシが主な理由だろうか。チラシ以外は子どもたちに受け継がれそうにない理由だから、新聞業界のアメリカ化は遅かれ早かれやってくるに違いない。