登り過ぎたカラマツ
『カラマツは本性として上方へ伸びてゆく樹形の木である。でもここは猛烈に風の強いところだ。ことに冬の季節風はすさまじい。でもこのカラマツは意地っ張りでその本性を曲げようとはしなかった。上に少し伸びる。風に曲げられる。それでも伸びる。曲がったまますこしでもまっすぐに伸びようとする――その結果がこのありさまなのである。』
写真家川口邦雄氏の写文集『地球100自然』に「山に高く登りすぎたカラマツ」という文章がある。燕岳稜線の岩場に根を下ろし、強風に矯められて矮性化した姿で風雪に耐えるカラマツの写真がなかなか印象的だし、その宿命に寄せられた短文も心に残っている。先日の燕岳登山では、残念ながらそのカラマツを見つけることはできなかったが、翌日の鳳凰三山でその同類に会えたのはうれしい驚きだった。元来、最も高く登る針葉樹はハイマツのはずだが、鳳凰三山では稜線とその北面の最も厳しい場所に果敢に進出しているのはカラマツで、ハイマツは稜線の南側の比較的安定した場所に陣取っている。鳳凰三山稜線のカラマツは、当然カラマツ本来のすっきりと直立した姿ではありえず、どれも臥龍何とかと呼びたいような地にのたうち蟠った姿に化しつつ、おそらく百年を単位に数えることができるのではないかと思われる太い幹から、そこだけはカラマツらしさを残した繊細な枝葉を伸ばしている。
霧のなか三山の稜線をずっと歩いていると、そうした詰屈した姿に不屈の生命力を秘めて、岩を覆い、地を占めるカラマツの長老たちが次々に現われる。立ち止まりカメラを向けると、彼らはその姿でもって明らかに多くのことを語っている。おかげで一人きりの縦走も不安を感じることなく落ち着いて歩き続けることができるのだった。