両国・浅草

 土砂降りのなか上野公園3館を梯子した翌日は、お上りさん定番の両国の江戸東京博物館と浅草を見物した。
 両国では、折しもボストン美術館から里帰りした浮世絵展を開催している。天気が回復した週末とあって、フェルメール展に負けない混雑。絵の前に張りついてジリジリ横移動していく列に入っていたら時間がかかって仕方がないので、人の薄いところをねらってサラッと見て回る。
 褪色を恐れて非公開で管理されてきたという浮世絵群はさすがに色鮮やか。紫とか薄緑とか、あんまり記憶にないような色も残っている。そしてそれぞれの色の、渋くて品が良くて洗練されていること! これまで浮世絵は単純な印刷物なんだから、実物を見なくても画集で十分だろうと考えていたのだが、大間違い。この微妙な配色や繊細な線はとても印刷では再現できそうにない。そのうえ、国内のものがみんな多かれ少なかれ褪色しているとなると、浮世絵の国で浮世絵の真価は理解されていないということになるのかもしれない。
 とまあ、昨日に続いて美術鑑賞モードだが、如何せん人が多過ぎて、心ゆくまでとはいかない。適当に切り上げて、後はエレベーターで空中に浮いた相撲櫓のような建物に上がって常設展を見学。巨大な空間に江戸と明治の建物やジオラマの町が再現されている。作り物といえばそれまでだが、これだけスケールが大きいと、過去を疑似体験したような感覚も生じる。思えば、歴史が生きたものとして重層的に積み重なっている西洋の都市に対して、東京は関東大震災で江戸・明治が消滅し、大空襲で大正・昭和初期が消滅した過去のない町。空中楼閣のような博物館のバーチャルな空間にだけ歴史が息づいているというのも、少々切ない。
 午後は気軽に歩けそうな浅草に移動。仲見世はどういうわけかお正月みたいな人出。観音堂で人の頭越しにお賽銭を投げてから、江戸時代には奥山と呼ばれた盛り場、浅草寺の西側を歩いてみる。レトロな遊園地の花屋敷の横を通って、天神橋筋の外れみたいなひさご通り、表通りの言問通りからおばちゃんが群れる平成中村座を左に見て境内に戻り、突如出現する浅草観音温泉を怪しみながらその先を左に折れると、ジャンジャン町みたいな通称ホッピー通り。両側に長テーブルが連なって、モツ煮込みでにぎやかに一杯やってる。
 いや〜面白い。仲見世が浅草の観光用の表の顔なら、奥山には浅草の素の顔があるみたいね。東京にこんなディープな町があるとは思わなかった。ホッピー通りで一杯といきたかったが、帰りの列車の時間が気になる。伝法院から仲見世を横切って、馬道通りで駅に戻り、これで浅草ひと巡り。吾妻橋交差点までくると、意外に隅田川が近く、川と橋とそのたもとの浅草のにぎわいに、江戸東京博物館で見た両国橋のジオラマを思い出した。江戸以来の大川端のにぎわいは、今も浅草に生きている。
両国橋のにぎわい
錦絵店再現
ホッピー通り