井上ひさし『ボローニャ紀行』

『日常の中に楽しみを、そして人生の目的を見つけること。
 商店街へ出かけてうんと買物をしたり、遊園地へ行ったり、温泉や何とかランドへ出かけたり、そういう非日常の方法でしか楽しむことができないのは、少しおかしいのではないか。ただし、日常の中に人生を見つけるには、みんなでそれを叶えてくれる街を作らねばならない。別にいえば、一が家族、二が友だち、三がわが街、この三つの中にしか人生はない。』
 最近読んだ『ボローニャ紀行』の一節。ボローニャに代表されるヨーロッパの街の美しさ、独自の産業や伝統的な技術の充実、生活の質の高さ、特色ある文化と誇り高い精神、それらの秘密をかいま見ることのできる本。
 そして、グローバルな商品の流通と文化の蔓延にさらされ、コマーシャリズムと流行の幻想のなかにひたすら漂っているような日本人の日常の貧しさを、地に足の着いたものに変えるためのヒントがたくさん含まれた本。
 ただ、美しい現在の背後に、中世城砦都市という来歴を強く感じさせる本でもある。ヨーロッパには城壁に囲まれた独自性の強い小都市が各地にあって、強固にローカルな文化を保持し、自己充足的な産業構造を備えている。そこでは生活は街と密着し、自治と相互扶助の精神も濃い。野放図に広がった日本の都市にはそんなまとまりはないし、生活の多くの時間と住む街との関係も薄い。ヨーロッパ地方都市型の人と街、産業と地域の関係は確かに一つの理想だが、この国でそれをめざすことは、ごく例外的な土地を除いては容易ではなさそう。