YouTubeのホロヴィッツ・吉田秀和

 YouTubeで見つけた掘り出し物影像その2。ウラジミール・ホロヴィッツが1983年に初来日した際のコンサート影像だ。大家ホロヴィッツも当時80歳。テクニックの衰えはあって当然だが、この演奏はそんなレベルのものじゃない。聞くも無残。どうしてここまでボロボロになってまで、聴衆の前に出なくちゃならないんだろうと思わせる態のものだ。ホロヴィッツ畢生の不出来か。それを今、YouTubeで目撃することができる。喜んでいいのかどうか。
 ウィキペディアの記述によると、当時ホロヴィッツは体調を崩していて、不適切に処方された薬の影響で指が十分に制御できない状態にあったのだという。その3年後に再び来日した83歳のホロヴィッツは、見事な演奏で聴衆を安堵させ、魅了する。残念ながらその際の影像は見当たらないが、以下は、初来日公演を「ひびの入った骨董品」と酷評した吉田秀和が、その時に書いた印象的な音楽時評の最初と終わりの部分。

「三年前この人は伝説の生きた主人公として私たちの町に来た。が、その演奏は私たちの期待を満たすにはほど遠く、苦い失望を残して立ち去った。こんどの彼は一人のピアノをひく人間として来た。彼は前よりまた少し年老いて見えた。
 が、その彼は何たるピアノひきだったろう!!
 音楽が人生と同じ広さと深さと高さを持ちうるとしたら、このピアニストが今も完全に手中にしているのはその一角にすぎない。だが、それは最も精妙な宝玉の見出される一角である。
 ……
 いずれにせよ、この人は今も比類ない鍵盤上の魔術師であると共に、この概念そのものがどんなに深く十九世紀的なものかということと、当時の名手大家の何たるかを伝える貴重な存在といわねばならない。二日目、聴衆の大歓呼の中で突然どこかで鋭い騒音がした途端、彼は大急ぎで両耳を塞ぎ背中を向けた。それをみて、私は彼がどんなに傷つき易く安定を失いやすい精神と神経の持ち主かようくわかった。それだけにまた、この人が先年の不調を自分でもはっきり認めて、何とかして自分の真の姿の記憶を残しておきたいと考えて、遠路はるばる再訪してくれたことに、心から感謝せずにいられない。」『新・音楽展望1984-1990』「ピアニスト・ホロヴィッツ