ドキュメント呉春(^^;


 20年ぶりに飲む池田の銘酒呉春。本丸と呼ばれる本醸造で、一升2500円也。いつものように冷やで飲み始めると、かなり甘い。日本酒の甘口・辛口なんていう分類は、製法が高度化し多様化した現在ではほとんど意味のないものだと思うが、これは甘口としかいいようがない。呉春ってこんな酒だったっけと落胆。冷やではとても飲めないので、熱燗にして飲む。
 次の日もまた呉春。懲りずに冷やを口にすると、やはり甘い。けれど、飲めなくはない。なぜか酒の甘味の許容範囲が昨日より少し広がっている感じ。二口、三口と口に運んでいると、どこにも尖ったところのない柔らかい酒だということが分かってくる。いつもサノヤ酒店から買っているモダンな酒とは作り方の基準がまったく違う感じ。とりあえず昨日の落胆は消えた。
 3日目。いよいよ呉春は柔らかい。柔らかいがゆえに、飲むにつれ馴染むにつれ、甘みの背後に秘められている多彩微妙な味わいが立ち上がり始める。全体としてはんなりと華やかな、春風に舞う花吹雪のような酒。香りは麹香以外ほとんど感じないから、鮮烈な早春の梅ではなく、春霞と溶けあう桜の風景。香りではなく味=色彩の酒と感じる。もしかしたらこれが、三醸酒に汚される前の、上方の酒の伝統的な姿だったのかもしれない。そういえば、この酒の名前の由来となった江戸の画人松村呉春の師は与謝蕪村、その蕪村の句にはこの酒の味わいに通じるものが確かにある。
  曙のむらさきの幕や春の風
 尖鋭に香りを追求する吟醸酒や素材の裸の魅力を伝える生酒に席捲された現代の日本酒の世界で、呉春が一人静かに守っているものは、江戸文化の遺産としての酒ということか。
 現代の有名酒を飲み慣れた人が呉春に出会ったら、ゆっくり時間をかけて、味覚を呉春に馴染ませていくことをお勧めする。そうすれば、この酒が銘酒と呼ばれる所以が納得できるはず。