『秋刀魚の味』

 
 先日の岸田今日子の訃報を聞いて、思い出したのが小津安二郎の最後の映画『秋刀魚の味』だ。作中で笠智衆が、偶然出会った海軍時代の部下、加東大介に連れて行かれるトリスバーのママがこの人。若々しく艶っぽい岸田今日子だ。三人は軍艦マーチに合わせてにこやかに敬礼を交わす。岸田今日子の風呂帰り姿が、男たちの無邪気な戯れにみごとにマッチする。そして、笠智衆は家に帰って、亡くなった妻に似た女に出会ったと、うれしげに子どもたちに告げる。
 娘を嫁がせる父親の哀感を主題としたこの映画。娘の婚礼を終えた夜、友人たちとの酒席を抜け出した笠智衆が向かうのが、岸田今日子のバー。モーニング姿の笠にママは「今日はどちらのお帰り。お葬式ですか」と問い、父親は「うん、まあ、そんなもんだよ」と答える。妻の面影を求めるように、岸田今日子の表情を追う酩酊した父親。軽いタッチで人生の哀感を描く名作に、この女優の個性と存在感が忘れられない印象を刻んでいる。