玉堂断片2

拡大
 「深林絶壁図」は、11/2に触れた「山雨染衣図」とは対照的な絵だ。ここには心地よさなどかけらもない。岡山展でこの絵の前に立ったとき、“グロテスク”という言葉が思わず頭に浮かんだ。画面中央あたりの樹木の描かれ方がただごとではない。重なりあった木々の葉が、少しずつタッチの違う墨の点で描き込まれ、枝々も踊り絡まりあっている。幹の輪郭をなぞる独特の横線が、この絵では特に執拗に打たれているので、生理的な不快感を感じるほどだ。橋の上の人物は、この先道もなく、分け入りようもない大密林を前になすすべがないように見える。そういえば、中央のひょろ長い松の根方には、異様に細長い山荘の屋根が見えるが、とても床しい場所には見えない。
 玉堂は深林絶壁というこの絵の主題を、誠実に描こうとしているようだ。上の絶壁の表現は有りがちな印象だが、深林は類例がない。石川淳は言う。「畫において自然とたたかふことが自然にあそぶ所以、また當人がこの地上に生きる所以であつた。みづから切りひらいた山水の世界である。畫はいやでも切羽つまつた發明になるほかなかつた。」と。確かにここには切羽つまったものがあるし、たたかいとでも呼ぶしかない執拗な自然へのアプローチがある。図録では60歳前後に描かれたとされる絵。