姜尚中・森巣博『ナショナリズムの克服』

 以前に読んだ姜尚中の『ナショナリズム』は、文章が一律に無表情で読みづらく、内容への共感の割には読後の印象が愉快ではなかったのに対して、これは文句なく面白い本だ。この人は学者としての作文よりも、ポピュラリティを意識した対話や討論を真骨頂とする人かもしれないと思った。思想的自叙伝だという『在日』を読めば、またその文章に対する印象は変わるのかもしれないが…。
 かなり前に出た本なので、そこで熱く語られているネオ・ナショナリズム民族主義への批判、文化に権力構造を読むカルチュラル・スタディーズの有効性については、多くの書評サイトでの言及に譲るとして、ここでは対話の進行役であり煽り手である森巣博に注目。無境界の賭博師を自認するだけあって、この人の突き抜けたナショナリスト批判は実に気持ちいいのだ。現代の知識人のナショナリズムは、多くが留学中のコンプレックスの裏返しだという論には、ああいった偏執の来歴の薄暗い根っこをつかんでいそうなリアルさがあるし、その文脈で「新しい歴史教科書」運動の頭目の一人だった西尾幹二が、ドイツ文学者であるにも関わらず、ドイツでの講演を日本語でやったというすっぱぬきには笑えるものがあった。また、三島由紀夫が徴兵の際に実は兵役逃れをしていて、その負い目から後年マゾヒスティックな肉体主義に走ったという説も、真偽のほどは定かではないが、作家の衝迫の奥深い秘密に迫っているようにも思われて、興味深かった。
 少々出歯亀ではあるが、硬直した右翼思想の足元を掬う快感を楽しめる本としてもお勧め。