下地勇・方言・折口信夫

今日、はじめて下地勇の歌を聴いたのだが、最初は中央アジアの曲か何かかと思ってしまった。同じ国の言葉でありながら、まったく理解できない言葉が存在するというのは、ほんとうにインパクトがあることだ。周縁地域の濃厚な方言には強烈なアイデンティティ…

川崎精雄

「三月十八日(晴、後雪) 腰が冷えて、一、二度目をさました。午前三時に起きた。雪がやみ、凄いほどの月明で、雪に挿して立てたスキーの影が、天幕の屋根に映っていた。天幕の内側が白く凍りついていた。青色の天幕だから、寝ている者の顔が蒼白い。こちこ…

川本三郎

「今日、私が佐藤春夫に、とりわけ『美しい町』にひかれるのは、この第三領域性である。私たちはあまりに成熟と反抗の二元論に悩まされ続けてきた。近代日本文学史を、成熟の完成と反抗の持続という図式でとらえすぎてきた。それにかわって“成熟も反抗も知ら…

泉 鏡花

「『鯛だぞ、鯛だぞ、活きとるぞ、魚は鹽とは限らんわい。醤油で、ほつかり煮て喰はつせえ、頬ぺたが落こちる。――一ウ一ウ、二ア二アそら二十よ。』 何と生魚を、いきなり古新聞に引包んだのを、爺様は汚れた風呂敷に捲いて、茣蓙の上へ、首に掛けて、てくり…

ゲルベゾルテ

「『うち、その間に一と休みさして貰おう』 と、妙子は傘を床に置いて、褄を取りながらゆっくりゆっくりと長椅子の側へ歩み寄って、貞之助に並んで掛けた。そして、『済みませんけど、一本下さい』 と、ゲルベゾルテを一本貰って火を点じた。」『細雪』谷崎…

冠 松次郎

「黒部の中流の平から御山谷、御前谷、内蔵助谷に至る快闊優美な地域、三千米前後の両岸の高い山々にかこまれた渓谷の景色はすばらしい。 渓を探るのが目的で入った私たちは、周囲の壮麗な景色に見とれながらも、碧水の中に游いでいる岩魚の姿が忘れられずに…

多田繁次

「林道が高度を上げ、北面へ回ると坂の谷の源流地帯が目前に展開する。渓流は、ところどころ白布を垂れたように懸崖に砕け、まるで白竜が天へ馳けのぼるかのよう。かつてスキーで登った杉林も正面に(中略)稜線めがけてはい上がっている。その稜線――木無平…

泉 鏡花

「洲崎の廓の遠灯は、大空に幽に消えたが、兩側の町家の屋根は、横縦を通る川筋の松の梢を、ほんのりと宿しつゝ、甍の霜に色冷たく、星が針のやうに晃然とする…… 月夜には浮かれ烏よ、此の凄じい星の光には、塒を射られてばた/\と溢れても落ちよう……鎖した…

川崎精雄

「…重い荷に悩みながらも、尾瀬ヶ原への滑降は嬉しかった。常緑樹林帯から落葉樹林帯へ下った所で、一行の足並を揃えるため立ち止まった。その時、戸倉から連れた人夫が、『寒いから焚火でもしてあたりましょう』 と言って、腰の鉈を取り出し、傍にあった一…

林 達夫、カレル・チャペック

「冬の夜のたのしみの一つは、ストーヴを前に、種苗商から次々と送りつけてくる園芸案内を見ながら、来るべき春の園芸計画をあれこれと思いめぐらすことである。一九五六年の春、ふとしたことから、わたくしは久しくやめていた植物の蒐集や栽培を再びやりは…

玉堂切り抜き

「古人の書画、飲興を借りて作る者あり。紀玉堂また然り。けだし酔中に天趣ありて人為に異なるなり。紀、酣飮始めて適し、落墨娓々休まず。やや醒むれば則ちとどむ。一幅、或いは十余酔を経てはじめて成る。その合作に至っては、人をして神往き、これを掬し…

泉 鏡花

「境は奈良井宿に逗留した。こゝに積つた雪が、朝から降出したためではない。別に此のあたりを見物するためでもなかつた。……昨夜は、あれから――鶫を鍋でと誂へたのは、しやも、かしはをするやうに、膳のわきで火鉢へ掛けて煮るだけの事、と言つたのを、料理番…

下谷叢話

「信夫恕軒の作った枕山の伝は最よくその為人を知らしむるものである。その一節に曰く『先生年已ニ七十。嗣子遊蕩ニシテ家道頓ニ衰フ。人アリ慫慂シテ曰ク高齢古ヨリ稀ナリ。ケダシ賀寿ノ筵ヲ設ケテ以テソノ窮ヲ救ヘト。先生曰ク、中興以後世ト疏濶ス。彼ノ…

堀田善衛・教育改革

「刺激と言えば、上級へと昇って行って課目に、議論と討論が加わって来たことが、彼にとってもっともよい刺激であったであろう。それは、毎日午前午後の全教科が終わったところで、その日の授業のしめくくりとして行われたものであった。その日のどの課目、…

渡辺一夫

「人間の歴史は、一見不寛容によって推進されているようにも思う。しかし、たとえ無力なものであり、敗れ去るにしても、犠牲をなるべく少なくしようとし、推進力の一つとしての不寛容の暴走の制動機となろうとする寛容は、過去の歴史のなかでも、決してない…